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2009.02.28

魅力的ということ。

昨夜お届け物をしに行った帰りし、先斗町通りで外国人のカップルとすれ違った。どこか見覚えがあり、すれ違った瞬間思い出した。そのカップルは先日飛行機で隣の列に座っていた人たちだったからだ。一瞬声をかけようかと思ったが、機内で眼鏡をかけカジュアルな格好をしていた私と髪をまとめ着物を着ている今の私が同一人物だと気付かないかもしれない…と思い声をかけなかった。

彼らの目に今の先斗町通りはどう映ったのだろうか。

と言うのも、私たちが先斗町に居なかった10日間で、うちの家を挟んでちょうど南北10mくらいの町並みが変わっていた。それは少しのことなのかもしれないけれど、この通りを好きな自分にとってはとても大きなことの様に思ったからだ。

帰宅すると、斜め向かいの町家が工事をしていた。それは一つの歴史に幕を下ろした瞬間で少し寂しかった。そして先日閉店した飲食店の場所にまた別の飲食店が入り、大きな看板が通りに堂々と掲げられていた。それは明らかに景観を乱すもので、どうしてこんな…としか言いようがなかった。さらに、隣の飲食店が犬矢来にメニューを引っ掛けていた。犬矢来とは元々、犬や馬が家の外壁を傷つけないように近寄れないようにするために設けられていて、それは人が外壁に耳を当て中の声が聞こえないためとも言われている。その犬矢来に穴を開けてメニューを掛けるのは、どうなんだろう…。私も町家に関して知識は少ないけれど、守るために知ろうと努めているつもりだ。景観というのはなかなか良くならないけれど、悪くなるのはすぐだ。beforeを知らないフランス人の彼らが目にしたのはafterだけ。どう思ったのだろう。魅力的に見えるものだったのだろうか。

「魅力的に見える」ということは、それが素敵だと思い心が引き寄せられることだと思う。

その対象は、人だったり物だったり空間だったりするので三次元というよりも四次元に亘る。魅力的に見えるということはそもそも、その対象を客観的に見た判断なので魅力的に見せようとしていなくてもそう見える場合もあるが、たいていの場合魅力的に見せようと努めていることが多いと思う。

「魅力的に見せる」ということは、派手に着飾ることを意味するのではなく、周りとの調和やバランスがとれて初めて魅力的に見える。

アスファルトの中に、雑草の花が一輪咲いていたらそれは魅力的に見える。

反対に華やかなホテルのロビーにその花が飾られていてもそれは魅力的に見えないだろう。

また、非日常というのも魅力的に見えるポイントだと思う。

客観的に見てスナックのお姉さんはどうして着物を着るのだろう。それは普段、洋服を着ている人が着物を着たら魅力的に見えるのを知っているから、魅力的に見せようとして着ているのだろう。それは、いつも着物ばかり着ている舞妓ちゃんが洋服を着たら魅力的に見えるのと同じこと。

でも、加減も大切だと思う。女性を魅力的に見せるためのお化粧も、濃過ぎるとその人の魅力を半減させるものになってしまう。それは、景観も同じで先斗町通りが魅力的に見えるためには魅力的に見せる努力をしなければならないと私は思う。

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