昨日、若い男性お二人のお客様がうさぎのお店を覗いてくださった。
うさぎに興味がある訳ではない。しげしげと我が家の天井を眺めておられるので、建築関係の方であるのか、お尋ねすると建築系の大学4回生の方であった。
先斗町の町並み保存に関して質問される。「町並み保存などされているのですか?」と。
少しいろいろこの界隈の町並みと建築学的な外部行為に関してお話をした。
以下、少し町並み保存という行為に関してのおもいを書く。
ここ先斗町に関して言えば、世間一般で言う「町並み保存」はなされていない。私も、それをする必要は感じない。
・・・・・・・・・・・・先斗町らしい町並み写真・・
では、なぜ先斗町には町並みが残るのか。という問題。
先斗町の京町家はさして古いものはない。お向かいの風情溢れる京町家のお茶屋さんも50年ほど前のものらしいし、我が家も古いほうだけれど、85年程度。鴨川縁にあるので洪水・大水で壊されることが多いからだし、花街ならではの芸妓のお茶屋の新調などというのもある。
ゆえに、他の世界とは違うけれど、ある程度速度のある速さで刷新されているのだ。その際の刷新の方式や志向というものに他と違いがある。
ここには、「こうあるべき」という人間の「かた」があり、それを人間が守っている。
それもその人間はおとこではない。おんな(女性)が「かた」の担い手なのだ。一般認識にある「京美人」さんは、おいそれとその本筋にある界隈のあり方を変えようとはしない。ゆえに、後でこの世界・界隈に参入してくる私などや、飲食店さんなども己の思いや希望などすべてをこの界隈のありように順応させたものを提示せざるを得ない。
ごく自然な1つのまちの形成なのだけれど、昨今の流行文化のつくってはこわしする流儀とは相容れない。
追記
昨今、先斗町らしい風情に再調和させようという動きが各飲食店など後参入のお商売に見られる。高度経済成長のなかで、強引に先斗町に屋形やビルを作られた方は風情など置き去りにして「その時様」のスタイルを先斗町に持ち込まれたけれど、そのビルのファサードや構築物から放たれる香りをその場にあわせたものにしようとする傾向がある。これも、きちんとした場所への純化である。大掛かりに企画された町並み再生などはその場、その時限りのものであり、すぐに時代遅れのダサいものになる。
町並みの残る先斗町参考写真
(昔ながらの花街風情)
雑居ビル的先斗町風情参考写真
(経済成長によるサラリーマンの遊び場として花街風情が先斗町に進入してきた様子)
その場所にあるものが、その場・時の意味を考えて時様に為していく。そして、場所の本筋を擁護するような格好が為されなければ平たく言うところの「町並み」は守れないのだとおもう。