11月10日 「通り」というメリット
昨晩よっぱらいながらおもいついたことを、さらに忘れないように記事に。
「先斗町通りは『通り』として、そのイメージがあるからぇえんちゃうの??」
ということ。
京都にはいろいろな通りがあり、有名なものから、京都人でも誰も知らんような通りまである。
そんななかで、先斗町通りは『通り』として場所が理解されるという、めちゃくちゃ得な性格をもっているってこと。それが切り口とちゃうのだろうかとおもっていたりします。
昨晩よっぱらいながらおもいついたことを、さらに忘れないように記事に。
「先斗町通りは『通り』として、そのイメージがあるからぇえんちゃうの??」
ということ。
京都にはいろいろな通りがあり、有名なものから、京都人でも誰も知らんような通りまである。
そんななかで、先斗町通りは『通り』として場所が理解されるという、めちゃくちゃ得な性格をもっているってこと。それが切り口とちゃうのだろうかとおもっていたりします。
実は数日前の雨で、事件が発生しておりまして。。。。大した量ではなくにじんだ程度だったのであまり大きく考えず、それでも大家さんには大屋根のこともあり、ちゃんとご報告はさせてもらい・・・・・・
そんなこんなで、
本日、見積もりのための調査がありました。
家の躯体に関しては借り手ではなく持ち主さんの大工さんが担当するわけなのですが、大家さんも本家の水場大改修中ということで、すぅ吉に白羽の矢が。
とにかく、写真は珍しい光景。
京都の町家の屋根からの眺めって感じでございます。
お向かいのお茶屋さんの大屋根がきれいにふたつ並んであります。ほんとうは通り全部こういうきれいな屋根がつらなっていたわけで、二つが向かい合っているのはここだけになってしまいました。やはり住人がおられるところの屋根はどこもきれいにされていて、結局、町家は住んでいる人がいてナンボなんだとよくわかります。
その後、家主さん交えての会議。
150年近い家を維持し続けるというのは、たいへんなことなのです。
なんだか、ちょっとしょんぼりします。
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せっかくなので以下、特典画像を。
なんだか、だれもいない先斗町で、ぽつりと店をあけている感じで、こういう日の22時半から23時半は、つらいきもちになります。
が、それでも遠くでまだ客引きをしている声が。。。。。
あきれてしまいます。きっと状態やばぃんやろなぁ・・・出てくるもん、いつ仕込まはったもんかわからんな。。など思いながら、客引きやってはるようなお店には、ぜったぃいきたくねぇ!!正露丸何粒あっても足りひんで・・・・と1匹、こころにちかってみたりしつつ、あと30分。
暇な日でした。いさぎよく閉店時間までおとなしくしているだけのはなし。
いいときもあれば、わるいときもありますさ。
今日は、片付けが進んだので、いい日だったと思います。
店番をしながら連休のおわった平日の通りを見ている。
すこし肌寒い今日であるが、食べ物屋さんのお休みが多く、ちいさな喚起ダクトの騒音がなく、前で響く舞妓様の「おぉきにぃ」が乾いた空気にきれいに聞こえる。
この通りには、この通りにちょうどよい音や空気のバランスがあって、それはずっとこの通りをみていないとわからないほどに、一日のなかでも少ないものとなってしまった。
先斗町というところは、大都会(小都会か)京都のどまんなかにあるけれど、いなかの村落に近い性格があって、ここに住むとここから出る必要がない。それは、まずもって現代の働いたり住んだりする場所に対する感覚と大きくことなるものだと思う。
実際、このまちにくらせば、ここにいるだけで充足する・充足できるようになっている。それは、むかしむかしから、ここに人が暮らしてきたからで、現代となって(便利な世の中となって)、少々昔からのものが減ってきたとはいえ、この町のなかに必要なものが内在するから、それでぇえように仕上がっている。単純に食べ物屋さんが、不要なほどに侵入してきはったに過ぎない。それを除けば、この通り・この街はむかしからかわらない営みを続けている。
京都のらしさは、住んで商いする格好の維持継続が根幹にあるってな、えらそうなことを言った日が終わり、10月27日へ。
たいそうえらそうなことを言葉枕に言ったものだけれど、大丈夫かな・・・・とかなり心配になりつつも、夜に今日までの10月を振り返っている。
どうだろ。
先斗町にあたらしく組織ができるとすれば、それはどういう名前が冠されるべきなのだろう。
単純に、そして、おおきな願いをこめて、京の通り保全委員会とかがよいんじゃないかとおもったりするが、そんなことは、おぇらいさんのかんがえることで、わたしには関係ない。
ただ、まず、京都の通りとしての先斗町通りは、京都らしくある様子が前提となるのだから、そのやり方というか、生き方を復習するように、なぞってみてから、先の様子を決めねばならない。
もんだいとなるのは、目的である。
せっかくなんだから、おおきぃこと言ってもぇえんちゃうかな。
まぁ。わたしの言える世界ではないんですけどね。
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今日もなんやかんや、片付けの片付けをしていたりしもって店番をしていると23時前になっている。
ちょっと居間から障子を見る。
通りから金曜日らしいサラリーマンさんの声にまじって水明会期間であることをわからせてくれる声も聞こえてきたり、忙しそうな若芸妓さんから業務連絡的に「おねぇちゃん、○△※!!■○でっさかぃによろしゅうおたのもうします」とかを相方が聞いていたりと、秋の先斗町らしくてよい。
まだ、前頭部には、今日「来い」といわれた会発足に向けての集まりのネタである『先斗町らしさ』がうずまいているが、それは、ここに住んでるものでないとなかなかちゃんとわからんものなんだとおもう。外面的なある部分の先斗町だけを整然としたところで、それはやっぱり『先斗町らしさ』にはならないとおもう。この通りには、この通りに住んで、ここでしかできない商いをする人とその家(屋形)があるからこそ、「らしさ」をかもし出すわけで、昼過ぎにスーパーの袋を抱えてやってきて、23時には生ごみほぉりだしてどこかへかえっていかれる人に、「先斗町らしさ」を求めるのはむずかしい話やなぁ~と、いまおもいながら、このまとめを書いている。
が、考えすぎると熱がでるので、やんぺ。
みなさま、おつかれさまでしたぁ~。
京都の通りは通り毎に性格が異なっていて、それは並んで並行に走る通りでもぜんぜん違う性格をもって存在し続けている。
ただ、通りの性格はずっと固定的であるのかというとそうではなく、ながい時間・スパンを経て逆転したり、入れ替わったり、違う性格のものになったりする。
最近、(南や北から先斗町を歩かれて)この屋形周辺になって、
「ふつーのいえなんか、たべもん屋なんかよーわからへん」
と、怒りにも似た言い方で言われる通行される方が増えた。
正確には、食べ物屋でも、ふつーの家でもないものが南北500mほどの先斗町通りに並んでいたので、この通りには、そのどちらもないというのが妥当な答えになるだろう。
要するに、この通りが、“花街先斗町”であることすら知ってもらわれないままお通りいただいている率が高いというこだ。
ただ、「ふつーの家」or「食べ物屋」のどっちやとなると、「ふつーの家」が並んでいたのであったが、最近では「食べ物屋」のほうが多いように見える。もちろん見えるだけで、基本は住宅街である。
先ほど、ちょいと用事があったので屋形の本家さんのところへお邪魔させてもらっていたのだが、面白い話を聞かせてもらう。
以下写真に書き込んだものの真ん中にあるのだが、ちいさくてみにくいのでぜひ、写真をクリック!
真ん中にあるのが「八之舟入」。ちょうどこの家の木屋町側の高瀬川向かいが8番目の舟入りだったようです。ほんでその舟入りの南辺が瓢箪路地の延長であるたん熊北店さんの前の道、それをいけば河原町。すぐ北に坂本竜馬が殺された近江屋さん跡。私は先斗町通りは1本で成り立っている街ではなかったという意見なのですが、ひとつそれを更に確証付けるお話でした。我が家の材木もこの八之舟入りまで水運で運ばれ、この場所に家として建てられたのだと思います。
長刀鉾の棟の上の端っこには、金のしゃちほこみたいなもんがのっかっておって、それをなんとか木工でつくってやろうではないか!とごちょごちょしていたときに、
名古屋・しゃちほこ・金・かわら・京都以外・京都・祇園祭・各地の祭り・各地の名産・各地のおいしいもの
と思考が回っていて、そんななかでふと・・・・・・
ああ、また外からは厳しい言葉のやりとりが聞こえてきます。
食べ物屋さんは、玄関しまってるから、外でなに言われているかしらはらへんのよね。
うちは、あけっぱなのでマルギコエ。まぁ、おっしゃるとおりなんでしょうね。だれもがお茶屋さんのお座敷へおこしになってるわけではないのですから。。。。
表どおりを占領しているのは客引きと安もん看板のみですもの。
このまま、このブログをやめてしまってもよいかな・・・と正直考えている。
良いものとして、先斗町を紹介するにも、これほどに不細工な通りであるから、ぼくらごときががんばっても、逆に読者の方に来てもらって格好が悪すぎるし、それならひっそりしておいたほうがよいのかもしれないとか思う。
帰京し、うちをあけて香った香りよりも、通りにもどって吐きそうなほどの汚さとあぶらっ臭さのほうが、実際、今日の印象にある。
先斗町には、うちもそうかもしれないが、ろくな店はない。それが実際で、がんばってお金をためて、京都先斗町へ行きたいとおもってくださる方には、あまりにもうしわけない様子だ。
この通りには、日本がまだあると信じていたいが、微量しかない。商いにかぎったことでもなく、人も空気も心も。
くさった京都が集約しているようにも見える。すなおな気持ちでこの通りを大事にしてほしい。
なんだかなぁ・・・・・・
金曜日というのはこの通りが最も不健全に表現されることが多いのですが、今日もそう。近場のサラリーマンの方が職場のねぇ~ちゃん引き連れて酒!という感じなので、花街の様子はぐたぐた。
そんな中、ちょいと怖い顔して店番。帳場に座っていると、お向かいのお茶屋さんの玄関格子に向かって立ち小便するおっさん発見。
発見したくなかったなぁ、、、、
さすがに、飛び出していって、怒鳴りました。
えら酔いされて通りでえらいことなるのは、慣れたものでそれほど嫌な気持ちもせず後始末をさせてもらえるのですが、この通りの花街屋形に立ち小便というのはさすがに閉口します。
女性しか住んでおられないわけで、怒鳴ったおっさんに、「ぇえかげんしろ!」と追い返してから、1匹流し掃除でもして、結局、その格子は開けられませんでしたさ。しかし、なんちゅうブザマな人が増えたのでしょうか。自分もろくでもないことをしてきただけに、なかなか酔っ払いを責める気にはなれないのですが、今日の出来事には、悲しさと寂しさがポツポツといったところです。
らんちから出てこられたであろう女性二人組み、、、外から歩きながら言われた。。。。
・・・・・・・・・・・・「・・・・・・・・なんであんなに無駄に高いの?」
そ、そ、そ、そーだ。
そのとーりだ。
高いものでも価値のあるものは、高いと思わないようになっているのだ。京都の高いものは。むちゃくちゃ高いお支払いをしても、ほんまもん京都は、高いと感じさせないなにかがある(よーするにうまいことしてもらっているということなのですが)。
そーだったのだ、『無駄に高い』という表現があったのだ。
このあたりには、ほんまにたかいけれど、なっとくさせてくれる料理屋さんは数少なく、無駄に高いけれど、がっかりさせてくれる食べ物屋さんがひしめきあっているのだ。
お客さんは正直だ。
なんだか、すとれーとすぎて心にずしっとくる一言でした。
自転車を押してうちの店にお越しくださるお客様がある。
自転車を格子のまえにおかれ、格子に横付けしてご入店という按配だ。もちろん、「駐輪場に置いてからきてもらえますか?」と言う。お客様は、「のってへんやんけ!おまえんとこでいっつもかったってるんやぞ」とかなりのケンマクである。が、うちは押してきていただいても、自転車でのご来店はお断りしている。
理由はいくつかある。
すごく明るい昼。写真では、音が伝わらない。いや、音は伝わるのだが、騒音はつたわらないからよいのだ。
この写真の風景には、なぜだが、巨大な掃除機の音と、男のばからしい空騒ぎの奇声がとどろいている。
いったい何をしてはるのだろう・・・・と思いながらこの写真のすぐよくにあるわけのわからん食べ物屋さんをうかがおうかどうしようかなやんでいる。
先斗町で12時といえば、まだ早朝だ。工事なら工事と言って下されば、お互い様なのだし、べつに気にもならないのだが、、、、、
まるで大学のサークルが学園祭で屋台を出すように、この通りで食べ物屋さんをする人が多いものだから怒りを通り越して滑稽に見える。そして、それを京都だと勘違いする人も居る。
不思議なものだ。
そろそろ今日も終了だというので、今日の格子の様子を撮ろうと撮った。
うちの格子とお向かいのお茶屋さんの格子の間にある、お茶屋さんのお提灯がきれいに撮れた。
ふとおもったのだけれど、。。。。
祇園祭の時には、お茶屋さんや老舗のお店さんは「奉納」と書いてある祇園祭のお提灯を同じ場所にかけられるのだけれど、どーされるのかな・・・
やっぱり、一つしか、かけはらないでしょう。
で、ですな。
通りにはやすもんのどんな会かわからん名前がかいてあったり、「おばんざい」とか書いてある提灯がやったらめったかけられているけれど、基本として、屋形ひとつにつき(よっぽどの大店の場合を除く)、提灯は一つというのが、京都の上品さのイメージにつながっているのだということに気がついたわけです。
バランスってものだけのはなしなのですが、なんでそこらへんの食べ物屋さんがぶっさいくでやすけらしい、風情の悪い、汚らしいもののように見える(実際にはそうでなかったとしても、そのように見えるのかというのは)のかというのは、京都のイメージとしての提灯の数と違う数をかけてはるからなのだと分析できます。
と、そんなことを考えているうちに、閉店時間直前。
経理に掃除にと済ませて、お料理当番です。
今日もお読みくださり、ありがとうございました。さて、びーる。
毎日、この通りを好きな人が、「先斗町へきたぞぉ!!!」ってうきうきするような気分で、まず、自分がこの通りを歩いていないといけない。
好きというのは、人によってかわるもんだけれど、ぼくも、ここがすきなのだから、だれにも負けないように、先斗町がすきだってことを、大事にしないと。
こんなおしゃれな通りは、ほかにはパリにしかないもの)。
パリには負けないように、好き好きアピールをしていかないとな。
先斗町が好き。このブログは、それを言うためにあるんだし。
最近までは無骨・牛骨な水撒きのお蔭で通りの片方(西側)の溝にだけが、油くさく汚れたりするだけだったのだけれど、最近開店された、一番北近くの路地あたりにある、東側すこし北の食べ物屋さんの我侭な水撒きのお蔭で通りの東側のちいさな溝までが砂で茶色くよごされるという惨劇にみまわれているお向かいのお茶屋さんと我が家の前。なので出来るだけ毎日水撒きと通りの溝掃除をしようと、お向かいのねぇさんと協力してやっているわけなのだが、、、
お天気も良いので今日もやったら、なかなか砂は手ごわい。おいそれと流れてくれないだけでなく隙間に入った茶色い砂がなかなかとれないのでこまる。自分の前だけ水撒いておいたらぇえやろということでやってはるのだろうが、水はものを運ぶので、排水されるまである程度意識しておかなければカッコウがわるい。
そんなこんなで溝をごしごししてきれいになった石を見ると街灯はすでに点いていて、時間がわかる。
生活様式というものがあり、それは、核家族化の中ではそれぞれの家族・家庭のもののようにあつかわれる現代・今ですが、どーやら、それは現代だけの様子なのかもしれません。
言い換えれば、日本の生活様式が一様になったということかもしれません。
先斗町には先斗町の生活様式のようなものがあり、どうやら、それが古臭いもののようですが、実は、この界隈をらしくしている根っこなのかもしれない。
まず第一に、住んでいる。
第二に、商いがある。
第三に、京都の真ん中である。
第四に花街である。
第五に一本の通りの小さな集合体である。
この5つが生活様式を固定する要素のようです。
そんな単純なことからみれば、まだまだここはらしく継続できそうな・・・
自分のところがおわったからといって、、、
自分だけがこの通りのお客様を相手にお商売をしているわけではないのだし、、、、、じぶんだけがよければそれでぇえのか。
お隣のお茶屋さんにはまだお客様があるのだし、まえの食べ物屋さんはまだ営業してはるのだし、まえのお住まいからも、まだごみがだされていないのだし、すこしは自分以外の人のことを考えてあげればいいのに。
それに、あした先斗町でごはんにしようって夜に散歩してはるひとが、そんな生ごみみたら、明日通るのも嫌になるだろうに。
この通りの食べ物屋さんの感覚というのには、どーしてもついていけません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そういえば愛読させていただいている郡上八幡の方のブログに町家暮らしに関して素敵な記述がありましたので、勝手にご紹介。
※暮らしが寄せあって、
あつまり成す町屋の風景、
酔っ払いが大声あげるものなら、
界隈じゅうの噂になる、
どこかでテレビに興じる笑い声が聞こえてくる、
靴音でさえ、
誰かの寝枕を邪魔しそうで自然と歩き方に気を配る、
互いの生活や事情には干渉せず、
この風景には、
共有している暮らしのルールがあります。
その通りなんですよね。それがあるから町家というものが、都会での昔ながらの生活スタイルが、維持されるのですが、、、、、
先斗町では食べ物屋さんだけが、このルールを知らない。
またしても通りから聞こえてきたことばで記事です。
店番をしていると、中年後半の男性が数名であるかれ、ある男性がひとこと。
「よしゃ、ほな、すきやきくぉか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と。
なにか特別なわけではないのですが、最近、こういう言い方をしはるひとがいません。
通られる方がおもしろいことを言われた。それがなまじ的を得ているのでご紹介。その話をされた方は通りのことやお店のことや花街のことを良く言っておられる方のようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「しかし、どっこもかしこも床・床・床・床・床・床、書いてあるけど、こっちっかわも(通りの西側を指して)『床』の提灯ださはったらぇえねん。」
「そのかわり、こっち(西側)の床はふつうの床(ゆか)やでぇ。せやけど、こっち(東側のほんまの川床)よりぇえかもしらんな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぷすっとふきだしてまぃました。お茶屋さんの床とくらべたりするなら比較すらできないはなしですが、、、、名ばかりの川床とうちの廊下やったら、、、、、、ぼくなら西側の床を選ぶかも。
やっぱり、通られる方が先斗町のあこぎなところをよーさん知ってしまわはったのでしょう。最近の低迷の様子は、てきとーな名ばかりをやってきたつけかもしれません。
などとおもいながら今日も夜の店番。
上品なニオイというのはどんなんだろう・・・・
と、考えている。ここ(先斗町)に暮らし始めて、当初は先斗町はよい香りのするものだと意識のなかで思い込んでいたような気がする。もちろんそのときの私の職場は油まみれの厨房だったから、そこ以外はどこもよい香りに感じたのかもしれないが、とりわけ先斗町はよい香りがすると思っていた。
夜にブログを書いていると、格子の向こうから、声が聞こえた。どうやら界隈の様子に関してのお話であるようだったので、キーを打つのを控えて、我が家の前を通られるのを聞いた。
話し方や靴音からして、紳士な男性3名ぐらいが帰られるところのようだ。そのなかの年配の男性がこういわれた。
「祇園と先斗町で、大きく違うのは、みんなでまもろうとしているかどうかだ。」
この文字をそのままをたんたんと、その男性は言い、ほかの男性も文語のような話し方で話を続けられながら歩いていかれた。確実にあたまのいいおっさん達のお茶屋さん帰りだ。
単純なことばであるが、彼が言われたことがすべてのような気がする。
風情のようなものは、だれかひとりががんばったってどーにもならない。
ありがたいひとことをきかせてもらった。
お部屋見舞いだとかその手のものを用立てに出た、最近においに敏感なうさぎが帰宅早々、こういった。
「もー先斗町通りに空気清浄機つけなあかんで!(ぷんぷん!!)」(←実は昨晩も夜中3時にがんがん音楽かけなながら換気ダクトつけっぱなしでおった隣の店にらっこをなぐりこみにいかせている)
なるほどおもしろい見解である。
たしかに昼まっからやすものの揚げ物で定食でもたたきうっているくだらん店が大賑わいであるから、通りの昼の空気はえげつないものになっているわけだ。
ま、それはよいとして、においだけでなく、雰囲気というような目に見えないものが実は界隈の魅力の根っこにあるのだが、そこを清浄化する必要があるというのは事実だ。
ただ、たばこの煙と、雰囲気という空気感は大きく違い、汚れてしまったらなかなか清浄化できない。と、界隈の住人は知っているが、界隈で冷凍の串カツをあげている人はそんなこと、知りもしない。
「おまぇ~!!!ほんま板についてきたな。しかしなにやとんねん!もぉ板場むりやろ!ぇえ!」と10年はよぉーしてもらっている京都大手スーパーの社長さんにつっこまれる。
彼は今からすし屋だ。
「おまぇ、おれとかわれ!おまえがじゃがいもうれ!」とすし屋にむかわれたのであるが、かれも大体週に2~3回この通りで会う。
先斗町通りは、そういうおしゃれなおっさんが夕方にあるかれるから好きだ。昔は朝にしかあわん相手だったが、ダンボールはこんでいる朝のおっさんは、夕方には、見た目上品で口だけ過激に悪いちょいわるおやじに変身してるのが、常だ。常用というのも変な言い方だけれども、きまったルートのようなものが、そういうおっさん(男性にかぎらないが)にはあって、売り買いの話ではない、やりとりや掛け合いがある。
お互いの安全確認とでもいうか、ここ先斗町はそういう場所として機能するのが、あまりに適切な場所だ。ぼくはそうおもう。
なので、ここからははなれられない。それこそ、売る買うのはなしではないのである。
そうそう、そういう私の好きなちょいわるおやじは、かならず同行される女性の後ろを歩く。1.8mほど後ろを。別にこそこそされているとか、そんなんではなく、今日の彼の1.8mほど前を歩かれていたのは奥様だし、きまりのように、並んで歩かず女性の後ろを歩かれることが多い。理由は知らんが、たぶんこの通りの性質とだいぶ関係する。
追記
上に口が悪いとか書いたが、彼は京都人である。根っからの。お商売ではかれも見た目京都弁をうまいことうまいことおはなしになる。が、上に太字で書いた彼のことばも、京都人の京都弁なのである。それって、大事なことだとおもったので、追記。京都は京都をどうするかなのである。
暗くなるのが18時半ぐらいとなり、だんだん夏の京都の時間帯にかわっていくのを感じる。この記事を書いているころはまだあかるい。
しかし外国の人が増えた。増えたなんてものではない、増えすぎだ。
少し前、祇園町さんで舞妓芸妓が外国のカメラマンにおっかけまわされるというので自衛団が警護するような事態におちいっているとニュースで読んだが、先斗町もだんだんとそういう状態になりつつある気がする。
だって、お茶屋さんに鉢あげに入り、出てきたたん熊さんのおにぃさんまでが止まらせられ被写体にされてしまっているのだもの。なんちゅうこっちゃと言わざるをえない(そんななか、通りをちゃりでぶっとばせる某おそば屋さんのにぃさんはつよい)。そんなこともあり、相方も着物で店番の日はよほど選んでからという按配。
外国の人からすれば、風情とかよりも、まさしくテーマパークであるだろう。
たしかに、外国の人から見て、日本のイメージに合致するものは花街とお寺にしか、もはやないんかもしれん。
今日もこんな会話が格子の向こうから聞こえてきたりする。
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ご主人:「よかった、こんなとこ住んのぉて。こんなとこすんどったら、まずいもんになんぼ金はらわなあかんかわからんわ!」
奥様:「ほんまやねぇ。ま、次からこんよーにしよーや」
ご主人:「ぜったいくるか!」
奥様:「そーおこりなや」
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夕方まえに店に入り、店の中にこもって、配達される冷凍業務用食材をてきとーに調理し、金勘定だけを大切にして、通りで話される通りや界隈への実際の評価を聞かないたべもの屋さんには、いまの不景気が自分たちの責任であるとは気がつかれないだろう。先斗町にもむかしからのよい風情というのはちゃんとあるんだけれど、目だって存在するお店でおすすめできるようなお店は一軒もない。
なんだか、そうやって怒鳴りながら通りを歩かれるご夫婦の気持ちが痛いほどよくわかる。おなじおもいで、私たちもこの通りで外食することはいっさいやめた。
せっかくのお休みに、がんばって働いた分で、夫婦でごはんの計画だっただろうに。
なぜこの通りのたべもの屋さんは、通りを歩いている人を見ないで商いをするのだろう。
大体もって、先斗町通は花街であって、飲食街ではないのだ。おいしい食べ物屋さんは、たぶんこの通りにない。ほんとにおいしいのはどちらかと言えば木屋町にある。だが、木屋町はキャバクラ街。
これからどうなっていくのだろう。
木屋町のキャバクラも先斗町のたべもの屋も、おんなじような存在だな。
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3月29日 今日もそろそろ閉店。最近、営業の主だった時間に記事を書こうと思えない。理由は“げんなり”してしまっているから。書き出すと愚痴にばかりなりそうであるのだ。
今日もそういう一日だった。
桜シーズンとなり、寒くはあるがお客様や通りを通られる方の数は明らかに増えてきた。ただ、“やるせなぁ~ぃ気分”になってしまう通られる方の増え方。お客様や通られる方の種類に希望をもつというのはえらそうな話だし、そんなことはおもっちゃいけないのだけれど、「それはないやろ!」と感じてしまう方が増えた。一日格子をはさんで通りから聞こえてくる声や歩き方を聞いていればわかる。
やっとこさ人気がなくなった先斗町に出ると安心するような・・
ここにある店の表情が変われば、通られる方の表情も変わってしまうといったところかな。これからどうなっていくのだろう。
風情とか、情緒とか、京都らしさとか、日本的な落ち着きとか、素敵さとか、花街の様子とか、そんなよーわからんここらしい良さってものは、あけることのできないお茶屋さんの格子の奥にしか残らないのだろうか。そして、そういうことで先斗町は魅力を維持できるのだろうか。
なんだか残念。えらそうな言い方だけれど、ここを歩かれる方には、目に見えるここ以上には素敵であってほしいと願う。
今日は、「先斗町は変わった」と口にされる方が通りを歩かれる日である。その日はなぜか集中する。
ちゃんとしたお客様があり、その方もそのようにいわれていたので、奥様が物色中にすこし話をさせてもらったのだが、私の見解は、、、
2月27日 夜の店番へ よめはんの愛車の車検が終了したというので受け取りに行って帰ってくる。交代で夜の店番に入るのだが、帰国してみると、前の通りで、我が家より南側は安もんの赤提灯街になっていた。とおりで目立つ赤提灯で一軒が大当たりしたら、我先にではなく、我続けとばかりにどこもが同じ色の提灯を出すというのはなんと・・・・・・。はやる本質をまったく理解していないというか、流行っていない証を自分で露呈しているというか、なんというのだろう。
たぶん前の通りは二極化する。今年はどんなことになるのだろうかと、心配半分、怖さ半分である。人は何を求めてこの通りを通られるのかということを考えれば、どうしたらお客様に喜んでもらえるのか一目瞭然であるにもかかわらず、それがなせないというのは、お客様の希望にそうことで商いを成り立たせようとしているのではなく、売り上げをたたき出すことで商いを成り立たせようとしている証拠である。なので、こんなお店にお客様が入られたって、結局、二回目には来られないだけでなく、悪評を振りまかれる。
もったいない話である。
通りに似つかわしい提灯は一手であり、それを見せるようにすることで(そのお提灯のお屋形に入ってもらうことはなかなか困難ではあっても)、周辺のお店も魅力的になるということを、考えたりしないのであろうか。
今日もふつうどおりに閉店の直前までやってきました。このとおりだれもおられません。まわりの食べ物屋さんもだれもおられません。
そんななかでも毎年京都に同じ時期にこられるお客様がちゃんとお立ち寄りくださったりとうれしい気持ちです。
おはなしさせてもらって、お買い上げしてくださって、外に出られ、静かでだれも居ない先斗町を夫婦で散歩デート。「あら、素敵。だれもいないからゆっくりできてうれしいわぁ~」と。
そぉ!そぉなんですよね。にぎやかなときも、にぎやかでないときもよいように見てもらえるようにつとめていなければ、慣例のようにこの通りを通ってくださらなくなる。通りやマチをきれいに保とうとする努力が継続されていないと、結局はお客様を減らすことになるのだと痛感した今日の最後でした。
なぜ、この時間にお客様は我が家前から北をみて、素敵だって声をだされたのかというと、食べ物屋さんが暇だったようで、生ごみがぜんぜんだされていなかったこと、食べ物屋さんがすでに帰宅され電飾が消されていたこと、そして行列する人溜まりがなく、寒い中でもまっすぐ石畳が眼前に広がっていたからだとおもいます。
それだけのこの通りではあたりまえの性質でも、それをよく見ていただこうという努力や気持ちがなければ、そのようには来られた方に見えない。
ここまでの状態になって、“もぉー無理”という説もありますが、そんな寂しいことをいってちゃはなしにならんので、少しずつでも努力していきたいものです。
ってことで本日も終了。みなさまおつかれさまでした。暇な時期の京都もよいですよ。そういうときを狙ってぜひ、おこしください。
実は、昨晩帰宅したうさぎのお出かけ感想のひとつとして、彼女がぽろっと口にしたことが気になっている。
昨日は、大家さんのねぇさんにお誘いをいただいて、難波あたりまで女性二名の小遠足をたのしんできた彼女。わたしのつれてやったことのない有名どころを案内してもらってきたのだ。その中でどうやら印象深かったのが法善寺横丁。実はわたしもいったことがない。先斗町のような狭い路地にお店がならぶところとして知り、2度連続した火事が数年前にあったのを知るぐらいで、法善寺横丁と聞くと、「火事に注意!」としかあたまにでてこないほどである。
今日のよるは東京弁の女性二人組の声ばかりが聞こえる。そういう日だ。
どういう日なのかはご想像にお任せします。
で、
昨晩このような記事を書いた。ひまだったので通りに対しての垂直が崩れたものがどのようにイメージを悪くしているのかということを、線を引いてみて検証してみたりする。
これが今日の先斗町。我が家から北向きの図(よーするに眺めの良い方の向き。ちなみに同じ地点から南向きはTHE アジアな日本)。魚眼で撮っているので端がゆがんでいますが、パースペクティブが一本の通りにかかり、横の町家の軒が連なる様子がごらんいただけるはず。
先斗町に洋食で洋食を求められることはあっても、風情に「洋」を求めてこられる方はまず、おられないでしょ。
では、和のイメージ・風情ってのは何で構成されているか。
12月21日 まとめらしき記事
まだ10時になっていないがまとめらしき記事を書き始めている。
というのも、凧制作をしながら帳場で店番をしていると、格子の前でひとつ明瞭なやりとりがあったから、それをまとめとして書こうとしているのである。
格子の前に立ち止まった集団は子供(たぶん小学生低学年)・両親・おじぃちゃん・おばぁちゃん。
南から歩いてこられたこの集団はちょうど我が家の前で立ち止まった。
親が、「おじぃちゃんとおばぁあちゃんいれて写真とって」と子供に命じたのである。
実は、うちのお客様で最近急増しておられるのが、「わるぃ、ちょぃと、すわらせてもらうで」。
これはうれしいわけです。今日は重なってごひいきにしてくださる常連のお客様が連続で二組。お二方とも男性(界隈に行き先のあるぴっしり素敵&ダンディー&経営者的おっさんのかっこよさ満開のお客様)だったのですが、くちをそろえてこうおっしゃいました。
12月17日 顔見世に行った相方を待ちつつ昼の店番をしている。しばらくためていた雑務を終え、手持ち無沙汰になると、またカメラをもって外へ。
「このまちには人が住んでいる」ということを感じながら過ごす。今時、“住む”といえば住宅街やマンションといった“住居集合箇所”に“住む”ということなのだけれど、その“住む”とはちょいと違う。それは職住一体であるからというのが最大の違いを感じさせる要因であるのは明らかなのだけれど、、、、
ちょうど2時3時から4時半ぐらいまでの間は、花街としても、飲食街としても、観光地としても機能する様子をみせず、合間のように住人の時間が姿を見せる。一日のうちで再び住人の時間が見られるのは深夜1時を過ぎてからのことでその合間は、まったく別の表情を装う。明瞭に時間で区分されているわけではないが、一日という限られた時間を適当に使い分けているから職住一体が可能となる。ただその使い分けだけで職住一体が可能になるのではない、さらに別な職住一体を可能にするいくつかの方式がここに住まう人にはある。
毎日勉強になることが多い。
ココログの内容がすこし良い様に改善されたので、利用させていただいて、当ブログのトップページ表示項目内容を限定するように変更させていただきました。ですので、この記事もブログのトップページには表示されないはずです。
この「京都町家暮らし いろいろ」は私と家内が住ませていただいている町家の中での出来事だけでなく、町家が連なる花街先斗町通りのことに関しても記事を書いてきておりますが、どうしてもぱっと見て真意をご理解いただくことなく、揶揄されることも多いので、、、もちろんそれは、私の言葉の悪さや日々の仕事や生き方の怠慢も原因ではありますが、書き手がきもちよくない思いをすることも多くあります。ただ、書いておきたい気持ちは十分にありますので、あまり公に公開しないように書き残しておくために、今回の変更をさせていただきました。カテゴリーの03番と04番に関心があり、どうしてもそのジャンルに関する私の意見や見解を読んでやろうと思っていただけましたら、その03番と04番をクリックくださいましたら、日々ここで生きているなかでのわたくしの意見や解釈、目にして考えたことなどをお読みいただけるようにしてあります。誤解されやすい範疇のカテゴリーですので、そのようにさせていただきました。今後ともよろしくお願いいたします。
情報が入る。
先斗町やすものよそものぼったくり経営者集団の先斗町のれん会がきめたことだそうな。
先斗町通りの夜の暗さを解消するべく、ある間隔でたべもの屋さんの玄関先の照明をつけっぱなしにするとのこと。
わたしの家の前もそのひとつに当たった。そらぁ、木屋町と比べたらくらかおぉ。
テストと思ってでかいレンズを装着して通りへ出る。雨で暗かった場合の設定を確認するためである。先斗町は狭い通りであるから、お天気次第で明暗がくっきりとわかれる。人の目はどんな空の明るさでも「はれ」の色を最大限美しく見る能力があるけれども、カメラという機械自体にはそんな力はないから、変化する状態を常に想定して写真を撮らなければならない。ただシャッターを押せば写るというシロモノではないのだ。
で、雨の通りを撮ってみる。
またしてもえげつない先斗町の食べもん屋さんの一軒であるところの臓物屋さんの日々繁盛の痕跡を明確に写し取ってしまったわがカメラ。
なんで先斗町通がこんな汚い油コーティングされているんだよ!と言いたいが、、、、なにも知らない観光客さんはえげつない店にまず行かれる。
どうでもよいことまで書いているな・・・と。
すこしどうでもよいことまで書いて、「京都町家暮らし いろいろ」の様子をややこしくしてしまっているかもしれません。
読者の方に読んでいただけるスピードや感覚から逸脱したてきとーさになっているところがある。
町家改修工事記録ってなものがそれを助長しているのかもしれないし、実質、わたしの生活に魅力が無いってことかもしれない。
とにかく、すこし反省。なんでも書きまくればよいってものではない。
書きすぎることじたい、意味がなければ、どうにもならないわけで、すこし考え直します。
今はさかりのついた猫か・・・・人間か・・・・がにゃおにゃおにゃにゃお通りをにぎわせています。その声は、まぎれもなく、人間のものとも猫のものともききわけられない。プラスチックのきらきらした布をまとい下着であるく界隈のバイトさんが、なんぞほざいているようにもきこえるし、もうけそこねた飲食店の生ごみに殺到する猫の叫び声にも聞こえる。
まちがすたれるってのには、すたれるときの音や像ってものがあるのだとしらさせるわけです。
よぉしてくださっているお客様がお立ち寄りくださった。すこしだったけれど久しぶりにお話をさせてもらった感じでうれしい。
で、
「花街というのは現代という世界にある外国であるのだ」というようなことをその方が言われた。実際はもっと面白い言い方で表現されたのが、そのような話。
今日も一日無事終了。最後はお客さんも少なく、暇にしてたら、近くのおねぇさんがなぜだか帰宅まえに立ち寄ってくださり、たわいもない話で盛り上がり(要するに愚痴聞き係)、今日もまた先斗町でこぉやってすわってるんはうれしいことだなと感じてそろそろ閉店。世間のふつうからすれば私なんぞはぇえかげんに生きているなぁとも。でも、それがわたしの仕事であるから、ちょいとは世間の役に立っていることもあるかもしれないと信じてやるしかない。
なんてつらつら考えながら、人気のない先斗町を撮ろうと外に出ていたら、
おつかれやすおにぃちゃぁ~ん、ほなきばってきますぅ~と走り抜けていく。
そんな京都時間のなかでどっぷりいきてますなんて、恥ずかしくてあまり大声ではいえないけれど、それはそれで素敵な京都時間を毎日生きております。
明日も息抜き程度によろしくお付き合いくださいませ。
私がこの家や先斗町に残る町家群の建設年代に興味を持っていることから、家主さんが昔の本を貸してくださった。「維新の史蹟」というものである。すでに紙は茶色になっているが、その中にこの界隈であった殺人事件と痕跡について紹介されている箇所があり、そこに興味深い写真があった。
この路地は39番路地(通称は瓢箪路地であったようだ)と書かれていて、いまの路地番号とは違う。我が家の一本南の路地でこの路地の存在が、先斗町ではきわめて重要であったというのが私の見解である。そのことはだいぶ前に推論としてすこし書いたのだが、その推論を確かなものとしてくる写真でもある。写真の路地は現在、ふさがれているが、この通りはたん熊さんの前の道の延長線上にあり、一昔前は河原町よりにある仕出し屋さんや料理屋さんからのお料理はこの路地を通り先斗町へ運ばれた。そして、写真に写るように先斗町通そのままの路地と格子の並ぶ道が、現在の先斗町通りに直行する形であったのだ。
現在では先斗町は細い一本道の路地通りと理解されているが、そうではない。T字型に道が直交する花街であったのである。
そしてこの路地で本間精一郎が明治維新の最中(1862年10月13日)に殺され、今もこの路地に残る格子には刀傷がいくつも残る。斬ったのは、田中新兵衛・岡田以蔵とされている。そう、あの人斬り以蔵である。
とにかく、1862年にこの界隈は写真のように町家が並んでいた。ということは、この家の建設年代を推定する上でありがたく、参考になる。
9月11日 昼 ぇえ天気だ。今日の花街先斗町の通りはアリの道のようであるが、まぁ、よくあるはなし。
知らぬことは気にせず、路地から通りを見る。
一体いつこのまちはこのような(といってものこってるのこことあと少しだけだけど)様子になったんだろう。。。。。
この4軒&西側裏2軒は、もしかしたら、江戸期からそのままなのかもしれない。
ぞっとするし、わくわくする。
花街の場合、その家の住人となっても、実は住み手がころころかわっている。お向かいも斜めお向かいも家が建ってからの住人ではない。もちろん私も。裏も北の屋形も、北の屋形の裏もである。
なので、家の本当のことはだれもしらない。
今回の風呂場床抜けが無ければ、だれもこの6棟の家の歴史を探らなかっただろう。それが、稼動し続けている町の特徴だ。前のことにすがるのではなく、今も、そして今からも家(お茶屋としての屋形)があることにのみ専心しているからだ。だから、まだ先斗町に先はある。と、信じている。
9月9日 になった深夜。
隣の風呂へと向かうわたしはお向かいのもとお茶屋さんのおかぁはんに遭遇。水撒きを手伝おうとすると、お風呂前やからと、ことわられてしまいながらも、、、、
私が水場工事の土間で悩んでいるのをご存知なので、お屋形のだいどこをみせてくださる。
びびる。
私も遊びではなく、くばりもん関係で、数多くのお茶屋さんの玄関ぐらいまではかなり入らせてもらっていたのであるが、そのだいどころのすばらしさにビビル。
なんて書いてよいのかわからない。
100年以上であるだろうその台所はいまでも現役。
吹き抜けの天窓を指差して、「ぅちはここの天窓からおつきさがおがめるんどすぅ」と言われる。
そのせりふにもビビル。
すごすぎる。いま、そんな台詞が言える生活だれがしてまっか?その台詞をしあわせそうに言える気持ちをだれがもってますか?
先斗町には私を筆頭に安もんた増えたが、ほんもんはすごい。すごいというか、奇跡のような空間がいまでも、日本の空間美と人間のやさしさを保っているのだ。
すげぇ・・・・・。
感動がとまらんもので書きました。すごすぎます。先斗町はやっぱり最高に素敵なまちです。ここはすげぇ。すごすぎる。
書いてはいけないこともいっぱい聞きました。が、そんなんひっくるめでこのまちはほんまにおしゃれなところなんですよ。みんなそれわかってあるいてるんかなぁ~。教えたいけど教えることはできません。
ひたすらに、すげぇ~の言葉しかかけません。
先斗町はおいしそうなたべもんやがあるからぇえまちではないのです。素敵な人が一杯居るからぇえまちなのです。
最近、閉店後に隣の家に行ったりきたりする私たち。否応無く目にする周辺の食べ物屋さんのごみ。
門先はお客様にお入りいただく場所だから、ごみはださなあかんけれど、敷地内の玄関脇に小さく丁寧に、火事にならないようにしましょう!なんて考えたりしないのかな・・・・・
タバコ一本ほり投げられたらどうなるか考えないのだろうか。住んでいれば門先で火がでればすぐにわかるだろうが、他所から来て社長が誰かもわからない食べ物屋さん。こんなごみのだしかたで、次にお客様がきてくださるとおもっておられるのだろうか。
心配になる。何より火事が心配だ。
わけもわかってないひとから京都先斗町でっせ!って、てきとーなものを食べさせて高い代金だけ請求して、ごみの始末もとくにできない。
先斗町でまともな食べ物屋さんは片手の指ほどもないのである。わたしが自分の好みも加算して、食べにいこうかな・・というお店は、、、夜中に先斗町をあるいてみれば、いかほどにひどいお店ばかりであるかわかっていただけるのだが、毎日「どこのお店が安くて美味しいですか?」という質問をくらう。
せめてごみぐらい安全に丁寧にしてほしいと願う。全体が全体を台無ししてお客さんを減らすことになるんだから。これいじょう悪いイメージをもってもらっては・・・・である。それでも「もうかっているから、ぇえんや」っていうのが彼らの本音であるわけだ。そこにひたむきに料理にとりくむ姿勢はあるのだろうか?値段に見合う味はあるのだろうか?冷静にみて、美味しい、お客様がはたらかれてがんばられて稼がれたお金を使われる場所をえらんでいただきたいと思う。
朝の4時をすぎ、5時を目前にして、先斗町を浴衣で徘徊するらっこ1匹。あやしすぎ。
先斗町に面する屋形の足元を全部みてやろうとあるく。
実はこれ以上に書けないほどに、詳細はおもしろい。「人の足元をみる」ということばがあるように、「あしもとをみる」とそこには屋形の屋号や商いなど関係なく、「あしもと」がみえる。土間をどうするか考えてねれないのだけれど、「あしもと」というのはおそろしい。
だれもいない朝方の先斗町、一軒ずつ、真正面に向かい立ち、自分の正面にある足元だけを純粋にみてみてください。それって、やらないほうがよいかもしれないほどに、真実らしいものが見えます。
もぉこれ以上書かないほうがよいことばかり。
明日から、大真面目に働き、大真面目に工事に向かいます。それしか、わたしに今日をおさめ、あすにつなげることばはありません。他人のふりみてわが身をなおせ。それだけ。よい例も、悪い例も。いろいろある。世の中だから。じゃあ、自分に出来る精一杯で大事なものを大切にするだけ。
レンズを換えて、外にでた。「お!乾いたとおりの細い溝にお掃除の水が流れて、ぇえかんじやないけぇ~」と発見。そこに写る細い先斗町の空ってなもんを撮りたくて撮った。
が、カメラは人の思いを超越して、いやなもんまで見ていたりする。
よくごらんください。
清流らしき溝の排水に、油が浮いている・・・そういえば、すぐ北に臓物屋があったのだった・・・・
なんとも悲しい気分になっちゃいます。きれいにしてはるようでも、そういうものがみえちゃったら、次にこのまちでご飯したいなぁ~とか思われなくなり、さらにやすもんの食べ物屋さんが増殖するかっこうに・・・・「ぁああ・・」という気分。これが京都の実際の様子なんだもんなぁ~と冷静になってみたり、悲観してみたり、と。ほんまに、おもしろくない世の中になってしまったもの。
夜、そんなこんなで大量のごみだしだったものだから、僕も加勢していろいろいままでお世話になったものを捨てる。そしたら雨が降り出し、通りがこんな風に。降り始めだけ、ガラスのようにこの石畳はなにかをうつし出す。
きれいだ。
とか、一匹で思いながら夜中の先斗町通りででっかいカメラさげて写真をとっていたら、おかぁはん。(あちゃぁ・・・・はずかしぃぞこれは)で、「こんばんわ」。こちらの工事を気づかってくださるMNI開催。秋口の夜の先斗町は話しやすく、素敵な風がながれる。いろいろおうかがしていると、おかぁはんのお屋形は明治期らしい・・・すげぇ、10年以上上手が前に!!!
「たいへんどすなぁ~。うちは床がぬけませんように、ゆうてまいにち仏さんにおねがいしてますのや。明日はわがみどすぅ」といってくださる。ありがたい。町家で暮らすってのは大変だ。だって、古いんだもの。
「町家暮らし」はちょいと見、憧れの世界のようですが、みなさん、甘いものではありませんのですよ。
さぁって、明日もはたらこぉ~。なんぼはたらいてもぉいつかねぇ~。
みなさん、わたしが四条のマクドナルドとかコンビニで働いていたら気楽に声をかえてやってください。
そぉそぉ、これで3600記事。きれいな数字ですね。よくぞ飽きずに書くものです。みなさん、あきたらさっさと見捨ててやってください。世の中にはいろいろ面白いブログがありますんで。わたしゃぁ~死なないために書きつづけさせてもらいやすんで、「あぃつ、いきとるかいな・・」とでも思い出していただいたときにみてやってください。
めざせ!私の記事の多さでココログパンク!
定年退職して、家を新築し、、、家が出来てすぐにおとぉちゃんはなくなってしまわはって・・というような話は良く耳にするのだが、わからんでもない。
家を作るというのはすっごいたいへんなんだ・・・ってことを痛感する日々。今度のよみものは通路上部での敷地侵害に関する判決文。ちょうど我が家が今回工事をする部分の路地をはさんで向かい側の建物の使用者(ビストロらんまん)が違法にこちらの敷地におおよそ2/3畳ほど排気ダクトをせり出して設置している問題。
全部読んでくださいということで、判決文を読む。判決では撤去命令が出ているが、食べもん屋側は応じないという現状のなか、我が家の工事を勢いに撤去を求める声が出てきたが、そこでこれを全部よまなあかんなった本当の理由。
それは判決文では1.5本の巨大排気ダクトが2本になってる!!!ってことが判明したため。
おぃおぃである。食べもん屋というのはこのようにして先斗町を台無しにしていっているわけですな・・・・・と気が重くなりながら読書中。
まだ半分。
が、がんばれる。ってのも、勢いをつけるためにまったけを買ってきた。中国地方の山のほうでとれたもんらしいから、まぁ、あやしぃがそれを目指してがんばるのみ。
8月19日 夜
今日もわたしにとっては快適な夜。昨日が北のたべもん屋2軒がお休みだったことでしずかだったが、今日は隣接する南のイタリアンかなんかの食べもん屋がお休み。さらに北のあぶらくさい一軒もおやすみなので騒音がなく静かなわけです。室外機の重低音というのはこれほどまでに通りに静けさや風情を復活させるのか!というほどに通りはよろしい感じ。外に出て見上げてみて、先斗町はこうでないと!などと久しぶりに気持ちよく写真を撮りました。業務用換気ダクトと巨大室外機の排気を浴びながら川床で酒呑んでもきもちよいものではないはず。
お茶屋さんのおかぁはんの疑問(「おかしおすなぁ~、むかしは床でてすずしかったんどすけどなぁ~」)があたまによみがえってきます。
外に出てみてびっくり。祇園祭で盛り上がりはじめるであろうということなのか、14日。
まるすっぽ平日であるわけで観光の方もあそびでここへおこしになる方もあるはずがない。
が、
どこもランチ・・・・・・
道理で10時から換気扇や冷房の音がとどろきまくっていたわけだ。
なんだか笑ってしまう。
ほんでもって、客引き行為反対を表明しているところの先斗町のれん会役員さんのお店が率先して客引き。
なんだこの光景は。。。
しずかにだれもいない先斗町のお昼間をたのしめばよいものを。いかほどに金子が必要なのだろうか。ほんでもって、誰様がそないなお店にいかはるというのか・・・・
こういう日は静かな花街先斗町のお昼を散歩して、食べるのは大黒屋さんで天ざるってのが、ぼくのおすすめかな。おでんや鉄板焼やピザではないだろうに。これだけ好天であれば、デパ地下でお寿司でもかって、麦酒片手に河原に腰掛けるのもよいかもしれん。
木材をはり、乾くのをまちながら、少し外へ。曇りで、昨日よりも蒸し暑い感じは少ない。こうやって、30分に一度ほど、外へ顔を出すと周辺3軒の客引きは引っ込む。まぁきらわれてるな・・・とわかるが気にしてもしゃぁない。この界隈で「すかれる」ということはないから、嫌われているほうがまだ健康的だ。客引きをするほうも、「具合がわるいことをしているな・・」とわかっているから引っ込むわけで、私なんかよりも、客引きをしているところの通行人に、よろしくないとおもわれることほど、商いに支障をきたすことはないのに、なんでそこらへんの理屈を理解されないのだろうか。わたしなんぞ「うるさいなぁ・・」という不愉快そうな顔をする程度ですむが、先斗町を通られるお客さんに「客引きするなんて、はやってないんやな」とおもわれれば、先がないのがわからないのだろうか。生きていくためのお商売とあらかせぎの違いぐらい、観光客さんだってわかるだろうに、、とおもうが。
今日は五花街のをどりの日、花街先斗町は昼間っから忙しそうである。
今日は土曜日。外も昼からにぎやかである。意味も、わけもわからず歩かれる方が多くなったが、それは外来様優先の京都だから、きっといつだってそうだっただろう。
ただ、帳場に座り、ビーコンのように響く客引きの声が腹立たしい。感情もなく、抑揚もなく、「京風イタリアンどうですかぁ~」と繰り返すアルバイトの女の子。なんなのだろうか。金にたかるハエのような食べ物屋さんがほとんどの飲食街と化した先斗町の昼間である。
大体もって、「客引きはやめましょう」と率先して言い出している先斗町のれん会役員さん幹事さんの店が、自分の敷地内であるからと通りに張り出して客引きをしているわけで、この界隈の食べ物屋さんで信用できるお店などまともにありはしないのだと明瞭である。と、界隈から連発する客引きトークに苛立ち満開の昼の工作時間。
6月6日(木曜日のつもり) のまとめ
木曜日だとおもっていたので(週の中で一番暇な曜日=木曜日)、一日模型制作。
ひとつだけ判明したこと=車輪以外鉾は一日でつくれる。
ということで本日、6月6日金曜日は終了。気がつけば週末。バナーをかえて、今日のまとめを書いて、普通どおり今日も閉店です。
少し気がついたのですが、
新緑というのは、それだけで秋の紅葉までを連想させるのですね。それは京都に居るからでしょうか?兎に角、若葉から紅葉までは、京都は一連の作業のなかで流れていく。桜が散ると同時に、都の木々は、「今年」というのをやっていて、それを傍らに置きながら、京都の時間は秋までそのままながれていく。
なんだか、不思議な気分でおります。
さて、なんでだろ?町家という世界には、木々がありません。花街の町家なんぞ坪庭がある屋形をのぞけば、自然はない。それゆえにでしょうか。なぜだか時間と季節と、木々の様子がやったらきになります。これも町家暮らしならでは・・・かな。
「○○(←場所・界隈を指す)はよくなったね」という言葉はめったと聞かない。
「○○はかわったね」という言葉を聞く。
それは先斗町でもそうで、「先斗町はよくなったね」ということばを言う人はたぶんいない。「かわる」ということは、「残念である」ということばを言っているようである。
そのまま「ある」ということは難しいが、何より難しいことは「よいようにかわる」ということなのだ。
などと格子から雨の通りの声をきいて考えていた。
“更新し続ける”あるいは“刷新し続ける”ことが、「そのままある」においても、「よいようにかわる」においても、まず優先する課題なのであるが、世の中平行線というありがたい見方は、当事者の精神安定剤程度にしか存在せずに、どちらかに傾斜する。
かわりつつも、またやってくる、自然の波長(季節や時間のことを言いたい)に身をまかせておくことが、一番やりやすい「更新」・「刷新」の手立てであると考えているが、このような現状の先斗町では、それすらままならないように見える。
ウィキペディアで検索をかけてみるとこんなものを発見。ちょろりご覧下され。しかしいつの間にこんなものが・・・・
世の中、どないなWEB世界になっていくのでしょうか。。。。。
さらに・・・・・
外国人って、こんなことやってんのか・・と驚愕のWEBサイトでございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかしどういうことや。写真は上手いし、舞妓さんの名前もばっちりあってるし、こないに最近のことまでが英語のWEBサイトらしきに掲載されているってのは!
今頃気が付いたんだけれども、「鴨川をどり 開催中です」という基本記事を書いていなかった。
すでに最終段階に入ってしまっているが・・・・
先斗町歌舞練場で開催されています。
京都の五花街ごとに「をどり」があり、先斗町は鴨川をどり。5月1日~24日まで。一日3回公演です。
知らないころは、「ふぅ~ん」程度の見解でみておりましたが、ばっちり花街先斗町に住むことになってからは、「みんなすっごいなぁ~、がんばってはるんやなぁ~」っと、やはりこの一大イベントを楽しみにしています。もしこのシーズン先斗町へお越しになられるようでしたら是非!
しかししかし「171回目」!。割と長いこと・・・・・と妙なところに、これまた今更驚いております。
詳細はややこしいのでこちらを。
「せっかくぽんとちょうにきたんだから・・・」という言葉がある。
これをよく聞く。この「言葉」、「意味合い」「思い」のために私たちも生きて居れるわけなんだけれど、実際の先斗町は(花街稼業も食べ物屋稼業も、どちらも)本来の力で、この言葉にふさわしい態度をとれているのだろうか?
それとは対照的に、祇園町でよく聞くのが
「ここがぎおんや」
である。
まちとしての役割が大きく違うのだとわかる。「ここがぎおん」「せっかくぽんとちょう」それぞれに担わなければならないことは違うが、結局は花街であり、観光地であり、住宅街であり、飲食街であり、と同じ性格(職住飲食観光接待一体型舞妓付き)のなかでキャラがちがうということなんだけれど、それをそれぞれの領分のなかでちゃんと継続し、やり続けることは大事なんじゃないかなと思う。なにが必要なことなんだろうか?むずかしい。
先日、こんな記事「たぶんコケだ」を書きましたが、、、、分析、検証の結果、なんでそうなったのかが、わかりました。
どぉでもぇえことなのですが、先斗町らしくてよろしぃな・・・とおもうわけです。
3月10日も2時間弱だけ店を閉めたわけだけれど、その後は“へぃじょ~ぉ”通りうさぎ屋をやっている。予想通り今日はヒマだ。人通りがない。社長一人社員一匹なので交代で帳場に座っているわけだけれど、相方がこぅいうことを言い出しだ。
「祇園町と先斗町はなにがちがうんかなぁ・・・。食べもん屋さんがあかんのかなぁ・・・」と。
ほんでもって、あまり敬遠してしなかった「客あしらい」ってなものをやり始めた。なるほど、折に触れて、“ここは京都でしょぉ”という食べもん屋さんに連れて行ってあげてきた成果が出始めた。
「京都らしい」というものは、まずそれが“ある”或いは“残っている”ものを経験しなければ、やる側も「京都らしい」を実践していけないのである。京都の“生き残る”とは言いすぎだけれども、“維持継続展開”の将来は、まずもって『今まである京都に即する』ということなのではないか?その上で、金儲けなり、文化維持なり、議論を進めなければ、まちがややこしくなる。
9時半に開店すると目論んで(←早すぎて近所メイワクであるというはなしだが、玄関を3cmあけるだけなので・・)、カメラを持って先斗町へ出る。ほんなら9時前だというのに、観光客さんの集団らっしゅ。同じように朝からうろついているわたしがいうのもなんですが、、、
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朝の花街はね、、、、「もちぃっとおしゃれに男一匹で歩いて楽しむもんでっせぇ!!!集団登校みたいに歩いて観光するとこちゃいまっせぇ~。」
まぁ、朝の花街がどないに素敵な時間であるかはわたしもよぉしってますので、あまり言えた台詞ではないのですが、
では、朝の花街先斗町という“素敵”の光景をどうぞ。
‘自治会の自主防災なんちゃら会議&防火訓練’とやらに参加させていただきました。明確に旧都心部の過疎化・高齢化を体感出来た感じです。
本来住宅街であり、京都のお商売の本拠地である京都の中心部分・・・三条四条鴨川より西側。
普通の世間一般常識からいくと、なにかあった際には、「逃げ遅れに注意してください」と注意されそうな可能性の高い方々で、防災委員会は組織されているわけです。しかし、そうやって昔から京都の商いをされている方がまだしっかりこの地で生活や商いをしておられるのはうれしい反面、寂しい気もしました。
現在の京都では寺町通りより西側で、町家が壊されるという自体も起こっています。マンション建設により世帯数は増え、若返っている報道などもされているわけですが、残念なことに、寺町より東側では(河原町・先斗町・祇園・東山)単純に商いの現代複合施設ばかりが乱立し、住人が明確な高齢化・数量の減少傾向を見せているわけです。しかし外来のお客様や観光客さまからすれば、その界隈こそ「京都らしいところ」なわけで京都の本題でもありつづけるわけです。
さてさて、京都のどまんなかはどのようになっていくのでしょうか。
今日は、ご縁を頂戴しての、素敵なおねぇさまのお誕生日。なんやかんやと雑務におわれていきておりましたが、最後の最後にらっこ救出劇!!!
だれにも教えませんが、めっちゃちかくに、ぇえバァーおしぇてもらいますぅぃた。あそこは一匹で・・うむ。その後らっこ一族巻き添えをお願いして、お誕生日会参戦&結婚式お疲れさんでした会をしていただきました。
もりあがってもぉた。アカンまたあほらっこ出没でした。スンマヘン。
で
みなさん、「神田川」ってうたしってほりましたか?いいですね。練習します。
川端四条下がったところにあるフレスコに若鶏ミンチとしょうがを買いに行く。馬鹿というのはそれしか出来ないことを言うのだと、四条大橋を渡ったあたりで気がついて、フレスコを通り過ぎ、宮川町へと下がる。
酒を飲んで歩く花街ほどこころあたたまる場所はないが、カメラ片手に素面で歩く花街ほどこころ寒いものはない。が、そのうちに気にならなくなる。
うさぎ屋でアルバイトをさせてもらって生きていくようになって以来、おつきさまのことは、些か気になる。今日も地球の周りをまわっているようだ。安心安心。先斗町の空は狭い。すこしでも見えたりするとうれしい。
目を下げればこのわけのわからん灯りに“ガクッ”とくる。左の写真に古くからのお茶屋さんが2軒写っているんだけれど、その良さが、わけのわからん灯りで、ぼろ家に見えてしまう始末だ(玄関開けてみれば、まったくの別世界ですが)。なぜ折角ある本物を倣って商いをしないのだろうか。来る人はお茶屋遊びをするのではなかったとしても、その“様な”風情を味わいたいから来るのに、その有り様をこぉも見事に無視できるというのは大したもんだ。きっと、おつきさまの“つき”は、そんなお店には降っては来ない。つきのうさぎに頼んでなんかでかい石でも狙って投げ込んでもらぉうか。
兎にも角にも、朝っぱらからネクタイとやらを、一応しておいて、店番と言う名の「番犬」のように生きている。この格子にへばりついて写真を撮るお方がやまもり先斗町通をあるいておられるからだ。お茶屋さんの格子にはさわりもできぬが、うちの格子はもたれかかってもぇえのかぇ?
まぁ、こんな綺麗な光景がみれるのだからありがたぃはなしである。役得のようなもんだ。でさ、本音で思うこと。なんで、運動靴にジャージみたいな雨合羽にリュックサックにビニール傘。首からタオル。そんな格好でカメラさげてお着物集団おっかけまわして、なんで平気なんやろ。そんな様子をみているだけで気分がわるい。事始めの挨拶周りの写真撮りをしたないなら、日にあったまともな格好ぐらいすりゃぁよいのではないか。めでたい日に、せっかく早起きして、おめでたい場所に足を踏み入れるってなはなしなんだから、上等さんでなかったとしても、ちょいとはぴしっとしはったらよろしぃのに。
10日のお昼のお客様は聞いていた。うむ、それで事始め前の大騒動は終了。そういう計画で生きていた。あまかった。しかし、この数日で落ち着かせると決めていたのだから、無理からにでも魚眼レンズとやらをつかって先斗町通を撮って遊んでこころを落ち着かせることにする。我が家の玄関から先斗町通りはこのように見えている。こうやってみると、みなさんがご存知の先斗町通りとはまたちがうでしょぉ。それぞれのお屋形の玄関内からはこのような光景があるのです。
ちょぅど、挨拶周りから帰る舞妓さまが通過。シャッターを切る。このブレほどの速度が先斗町のお昼間の速度。夜、お客様にお連れ頂いて舞妓様が歩いている速さとも、お座敷へ急ぐおこぼの音の速さともまた違う。
兎に角、格子を見て生きている。最近、夜ごはんを食べながら数年前の大河ドラマ「新撰組」をみているのだが、ようやく最後のほうになって、京都での話しになってきた。壬生のあたりだとか、先斗町というのも景色にでてくるのだけれど、こういっちゃぁ悪いが、違う。
平井聖が建築考証ってかいてあったのであまりわるくいうといけないのだが、、、セットだからしょうがないのだろうが、一番違うなと思うのは、格子と障子の桟の間隔。これで、だいたい日本のどのあたりやな、とかわかるのだけれど、京都には京都の格子の様子がやはりあるのだ。見慣れていると気づかないけれど、こうやって、一応本物を眺めてみて思う。いまからドラマの最後らへんを見て夜ごはん。先斗町界隈がどないに描かれているのかをみるのがたのしみである。
12月5日という一日が終了。
さすがに、800枚の写真整理の暁には、夜ごはんも撮る気がしなかったが、撮るには撮り、、、、やはり整理する気力はなく・・・・明日にしようと。
まじめにお店出しの写真を撮りはじめたのは一年まえのことだった。今日、そのときの妓のおかぁさんとおはなしすることが、たまたま今日あり、「おめでとうございます」と言えた。花街暮らしってなものは、ものすごく時間がかかる。その時間がいろいろなことを教えてくれるのだとわかった。先斗町歴5年。ひよっこである。さてさて、多くの時間がまだまだある。少しずつ、私もまなばせてもらっているのだ。
そういえば、大学院の退学届けを書いて、ろくにサボりもせぬまま、その春にあたらしい学校へ進学させてもらったようである。自分でいうのもなんだが、私は勉強が大好きである。
想い、旅し、考え、描き、そして書けなかった、自分というものを、ようやく書くことがまかりとおるようになったブログってなものへ感謝せねばならない。タイトルも好きに書けなかった論文を、ようやく書き始められたのかも、しれないし、そうではないのかもしれない。
なにをさておき、読んでくれる人が居るってのがうれしい。
実は、うかうかと酒をのんで酔っ払って居れるのも、この事始めまでは、今日ぐらいかもしれないと思うと、まぁ、それはそれでありがたい話なのだけれど、やはり、カメラをかめぇてみたりなんかもする。先斗町はわけあって、この晩は静かで、格子から見る様子も落ち着いておって、ゆらりゆらりと、自分だけの様子が真横にころがっている。
さぁ、もぉ明日だから、がんばっていかねばならない。
しかし、しかし、格子の数十センチ向こうに音がないというのは、これほどまでにあっけらかんとしたものなのかとわかると、なんとも、どすんと、考えに響いてくるのでもある。数十年先に、花街というものが、万が一にもなくなってしまうとすれば、毎日の食卓は、ひとつ寂しいものになってしまうのだ。単純に、それは困る。もしかしたら、そんな単純な気持ちだけで、このブログを書き続けているのかもしれない。
買い物の帰り、8時になってもいないのに、「終了いたしました」って短冊を釣ってあるお料理屋さん。なんだかうれしい。こういうお店が美味しいのだ。
もちろん先斗町通の人通りは、観光シーズンとあって、もちろん多い。京都という“もの”は、わずかしかない香りみたいなもんなんで、がっついて食べてしまう鉄火場の食事の味わい方でみてとれないよさがある。
こういうお店の前をこういう時間に通ると、良いお茶の香りがする。食いもん屋は食いもん屋でなければ魅力が無い。商いであるということはどこも同じ。金稼ぎ屋さんが食べもん屋さんをやったら、ここじゃ一目瞭然で本分が見えてしまう。それだけ、ここには未だ、本物先斗町が健在だってことだ。
なにをいまさらおもったのかってなはなし。
夜ごはんを食べて、酔っ払って、妹が明日、結納だからってことで、一応オフィシャルな電話でも実家にして、写真をパソコンによみこもぉとして、
「おにぃさん、そぉどっかぁ~、おおきに。すんまへん」と、パソコンにCF挿した音より先に聞こえた。
今は2時である。
今日はお店出しでした。あまりご縁のない方のところから出られたので、写真を差し上げて、お祝いというほどの距離でもありませんでしたが、これもとてもとても大事な先斗町の記録なのだし、“彼女”にとっては何が何でも大事なことなのだ、と思い直し、少しおじゃまさせていただきました。ら、数枚撮影したところで、お茶屋さんのおかぁはんにおよびとめ頂きまして、撮影は数枚で終了となってしまいました。スイマセン。で、出身大学から、専門から商いから、メールアドレスから、おおよそなにからなにまで身元調査をしていただきました。若輩者ですが、場所汚しにならんようにがんばりますのでよろしくお願いいたします。で、今ではレアなプロヴァイダー仲間っちゅうことでした。
本間精一郎という人物について調べて過ごしていた。といってもウィキペディアだが。というのも、南の路地に、彼が殺害された際の刀傷があったりするにも関わらず、なんにも知らんのもなんだということで・・
今日のお昼間はなに???
やっと、コーヒーに口をつけて、ブログでもチェックできる時間になりました。
商品はいっさいうれないのですが、お客様というか、ご近所さん、なんでそんなにきてくださるの?はじめて立ち寄ってくださり、カメラ話とかもさせてもらいました。やはりライカですか、おにぃさん。うむ。R6!!M3!!!そりゃそやな、場所が場所やもんな。ちゅうとなことしたらあきませんものね。ごもっとも。で、いつがどやで、こやで、わしは次はあれやから(ほな同日の反対やれってことですね)、とか。通のあれからして標準が有効ということですね。うむ。21は鼻でかなるだけ。なるほど。ひじょぉ~に勉強になりました。
あああ、詳細に書けないほどに先斗町大好きになるお昼までした。
まぁぃっか。てなもんで、今日もよろしくお願いいたします。みなさん、たまには買おうね。
ほどよく酔っ払って、カメラがどうだとか、M・N・Iだとか平常どおり夜をすごして、風呂に入って寝ようとする。そこまではよかったのだが、、、
ぶぉぉぉぉぉぉぉぉ~
布団の2mほど横で飲食店(京風イタリアン・ビストロらんまん)専用巨大換気扇がダクトを振動させて響いている。
買い物があったので少し出る。もちろんカメラを持って。買い物に行ったのか、写真を撮りにいったのか、いまいち良くわからない。
冬前の近くのおしゃれな様子を少し。
あいかわらず、ヒマな男だ。
最後の鈴の音は深夜2時55分に聞こえた。
みなさん、嫌がられる。うさぎ屋がわかいもんに贔屓にされているってことを。そりゃそうだ。どこの馬の骨ともわからんものが花街にいる。それもわかる。
気楽にブログで仕事をしていたような一日でしたが、実はいろいろありました。
身寄りというものについて。
男という生き物は、基本的になにがあっても一匹でなんとか食うていきていけるように仕込まれているはずなのでなんとかなるはずなので、どうでも良いのです。
ただ、女性はそうではない。
今日は先斗町のれん会の会議
①;客引き
②;自転車
③;先斗町飲食店案内看板
これが問題となっておりました。
①&②=「どないもならん」って感じです。
あぁぁ~、ほんまに、儲けたいだけの奴はこんなおっそろしいところきたらあきまへんで。ほんまに。大体そんなん三条河原でっせ、
うようよしてるにきまってるのにねぇ~
花街先斗町は住宅街なのだ、ということを最近、ことのほか痛感する。
私達は、先斗町へ寄せてもらってから、周りのお茶屋さんのおかぁはん(前・前・斜め前・斜なめ前)、ねえさん(前・斜め前)、お師匠さん(裏)、家主さん(裏)などすべて女性の住宅街で非常によくしてもらってきた。ありがたい話だと感謝してもしきれんほどである。うさぎ屋のぇえ加減な商いも許容してくださり、若造二匹がここで生きていくことをOkとしてくださっているわけで、なにをさておきありがたい。
こんな記事書きながら、ひっかけていただいて、、、、
さわいでいました(恥)。常磐津様、まぁ「とっきー」様になっていただきましょう。で、とっきー集団に乱入いたしまして、おなかについて議論を進めてまいりました。
やっぱり、着物にはこのぐらいがNICEなんですね。和装だとこれぐらいがちょうど良いということになるわけですよ。みなさん。そう考えると、最近の若者の貧弱ぶりは「がくっ」となりますな。
だいたい3連休の最終日というのはこういうものである。いつもそうだから腹も立たなくなってきました。決まりのようにお客様・先斗町を通られる方の性質がフリーズ系。本心としましては、無理に入ってきていただかなくてもけっこうなのですがぁ・・・となるのですが。そんなもんです。
立って座って、立って座って、
海;「よぉこそ、おこしやす。どぉぞごらんください」
客;「・・・・・・・・・・・・・・・(急冷)」
海;「(ごにょごにょ作業)・・・」
客;「・・・・・(さっ・・ダッシュ逃亡)」
気にせずスクワットだとおもって店番やっています。
先斗町はおもしろい通です。日ごとに通られる方がまるっきりちがうのです。これは先斗町の不思議の代表ですね。なんでなのかな。