2009年4月30日 (木)
4月30日 まとめ
なぜだか「あらかじめ」ということばが気になって調べてみる。
“予め”と書く。
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あらかじめ【予め】
[副]物事の始まる前に、ある事をしておくさま。前もって。「―調べておく」
予(かね)て 予てより 予
(かねがね) 前より 前々より 以前より 前以(もっ)て
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なるほど、何事も予め考えた上でやるということは大事みたいだ。
そんなこんなで4月30日も終了。今日は人が少なくて、先斗町がちょうどよいぐらいの感じでした。お客様もあり、ちゃんと一年に一度しかきてもらえないお客様とおはなしできたり、、そういうぐらいの静けさがやっぱり先斗町はよいです。
今年のGWはそんなぐらいの人の出のほうがぇえなぁと思いながら、そろそろ閉店。
先斗町界隈の京町家保存について(3)
界隈の町家を集団で存在するまま、有形文化財化のような保護策を持たせてしてしまうことで、通りや界隈がこれ以上ずたずたになるのを防げるのでは・・・と考える最近。
で、どんだけ町家が密集しているのかというはなし。
2009年4月29日 (水)
4月29日 開店
会議がちょいとおしましたので12時開店は無理でしたが、無事開店。本日の界隈のおっさんの集いはまぁ~またいろいろ仕事をうみだしてくれましたが、思い出すと気がめいるので忘れて、店番に専念しましょう。
さぁ、みなさん、ゴールデンウィークですぞ。
2009年4月28日 (火)
4月28日 夜
店番をしもって、町内会長をさせてもらっているこの町に一体どれだけのお店があるのかを調べておこうと地図付リストの制作を始める。来年度から再スタートしなければならない町内会費徴収に先駆けての下調べ&防災地図配布の実際の必要枚数調査というわけだ。
まだ北のほうだけ(全体の1/5ほど)をリストにしてみたが愕然。
雑居ビルとはなんとおそろしい。
あと4/5をする気がうせた。
さらに会長職引継ぎのときには知らせてもらっていなかった住人らしきがいることまで発見。
おそるべし繁華街。住人は数人なのに、ここまで居るか、、、人。
4月28日 開店
4月28日 明日からGWにかかる前日の今日。意図的に寝坊しようと若干遅刻。というのも、明日も早朝から・・・・・・・であるからだが、おもったほど遅刻できず開店。
さて今日は何もないので店番のみ。
4月28日へ
こういう風な(このブログで書いているような光景を格子の向こうにみて)光景が続くとすれば、日本はどうなるのだろう・・・・とおもうのだけれど、
そんなことおもったりするのは僕だけなのか?
日本はけったいなことになっているのではないかな。
普通に日本で生きるということは、そんなに難しくも面白くも悲劇的でもないとおもうのだが、どーやら、戦後の日本は、日本を台無しにしてしまったようなようす。わが国という考えが薄れたのは、それでいいのだとも受け止めているが、結局日本の根幹はまだかわっていないのだってことも、界隈ででまわる50周年まんじゅうを頂いて感じたり。
「あ!庭にめじろがきた!」とか、そんな程度のことが、現代では・・・・・・
もうすこし、まじめに日本は日本を大事にしたらぇえんでないか?とかおもう。
たたみの重要性のようなものを失わせる方式が採用された(させた)のは田の字型マンション建設によるのだということを書くひともいるが、そーいった日本の戦後の作り方のなかで、やはり、護るべきものを考えずにやってきたところはあるような気がする。
二階の部屋を少し直そうとおもっているのだが、土間・あがり・板間・たたみ・床の間という基本的な日本の暮らしの図式は崩壊させてはいけないのだな・・・などとも。
日本は複雑なようで簡単な図式で生きられるようにしてある。それは米作の定着以来だから2000年の方式のようなものなのに、近代化・アメリカ化はどんだけのものをもってそれを覆そうとしているんか。
ま、そんなことを酔って考えてみたり。
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たぶん、鴨居のことと関係する。ずっと日本は、平面だけで日本の家でのことを議論してきたが、それこそ机上の空論であって、文化的空間学にあっては移動の際における断面のあり方が文化の様相を変化させるものであるとおもうのだ。僕は勝手に。
頭の上にあるぼー(棒)をどうやってくぐるかというところに日本の日本らしさがきっと隠れている。
はず。
2009年4月27日 (月)
4月27日 夜に
最近、異様なほどに自治会関係の雑務が多い。
ただいまも書類作成。たいへんなことになってしまった。自業自得とはまさにこのことだ・・・とか思いながら作業継続。
私の関係するのは基本的に自主防災委員会だから、そのことばかりなんだけれど、結局はえらいさんは役をまわしてやってはるから、私と同じポジションの防災会副会長さんが自治会長さんだったりするわけで、、、、、
ま、災害がないにこしたことはないが、なにも手段を有していないというのでは、さすがに自治会としても具合がわるいわけだから、避難方式を徹底しておくぐらいはやっておかなければならない。
が、前会長さんからの引継ぎで書類作成しなおしなどをしていると、防災避難方式の書類から、災害避難案内にひとつの町内が加えられていなかった事実を発見、、、、、してしまった。
なんちゅうことや・・・・
ひとつの町に避難方式がないままで何十年きていたのだろぉ・・・なんかおそろしいぞ。
ま、そんなこんなで、わたしの町内会長名刺までなくなったので、それも再自作しなければならない羽目に。
2009年4月26日 (日)
4月26日 業務記録
いや、明らかに業務記録ではないな。“界隈のおっさん達の集い的ボランティア活動記録”といったところか。
あ、ややこいので関係者をみなさん「おっさん」呼ばわりしますが、お許しを。おっさん=三条四条間の立派な社長さんとお読みください。
学校横で雨にも負けずつつじを植えているおっさん一名と立ち会議&伝達事項承り後、別の界隈のおっさんと自主防災総会に向けての下準備・書類確認。その後会議場所を移動。老舗扇子屋さん社長デスク周辺にておっさんの集い。会計書類の帳○あわせと総会での方式確認。今年度の防災に関する挨拶&引継ぎに関する荷物&提灯持ち。しかし、すばらしいあじろやった。それをみせてもらえたのが一番の収穫かも。
しかし、みなさん、えらい。
よーそんだけがんばりはる。
なんで?という疑問ものこりますが、繁華街自治会運営というものがいかにたいへんかってことでしょう。それとも、おっさんて暇?いやいやそんなことはないだろう。
次は29日10時半だとか。確実に遅刻するだろうから、「遅刻したら電話してください」といっておく。できないことは「できません」と言っておく方がよさそうな気配。
今から若干店番に復活し、夜はまた別の会議が・・・・・・
なんかいそがしい。
2009年4月25日 (土)
4月25日 夕方
今日は夕方に義弟と会議。手土産ではないが、たけのこごはんをいっぱい炊いたので持参。
会議場は岩倉の新築中の現場。昨日棟上であったのだが、すでに家の格好になっているから驚かされる。最近は家が早く建つようになった。よいかわるいかは、なんとも言えないる
二階うさぎの衣裳部屋改修案の一回目会議である。ちょうど昨年、鈴基工務店&ゆかいな大工さんたちにお願いして直してもらった我が家西側の上部にあたる。依頼は着物収納を作りこむことと、室内の洋服群をきちんと収納できるようにしてもらうこと。そして雑然となっていた一部屋をまたしても、、、、、、旅館仕様にしてもらうことである。
とりあえずは、基本の初期依頼は完了。またたのしみが増えた。
4月25日 夜になるころ
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「その夜の会話は
たわいもないものばかりだったが、
その年頃には大切なことばかりだった」
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昨晩、20年ぶりかな・・・・・ってぐらい昔に大好きだった映画を見た。まだレンタルテープがあった時代で、そのテープを借りたことも思い出し、途中、そのせりふがあまりに印象的だったので書きとめておいたのだけれど、今それを見直してみて、「ずっとそばにいてほしい」という気持ちのことを冷静に考えている。何事も、素直に純粋なままであり続けてほしいものである。
だれもが知っているだろうそのエンディングが流れる前のせりふは
「そうさ、握手しようぜ」
曲がながれだすと涙が止まらなくなった。すばらしい映画だ。今がなければ、見なかっただろうなぁ。ひさしぶりにそういう映画もよいですよ。
ということでカテゴリー「大切なこと」をひとつ追加。
2009年4月24日 (金)
4月24日 夜へ
「おまぇ~!!!ほんま板についてきたな。しかしなにやとんねん!もぉ板場むりやろ!ぇえ!」と10年はよぉーしてもらっている京都大手スーパーの社長さんにつっこまれる。
彼は今からすし屋だ。
「おまぇ、おれとかわれ!おまえがじゃがいもうれ!」とすし屋にむかわれたのであるが、かれも大体週に2~3回この通りで会う。
先斗町通りは、そういうおしゃれなおっさんが夕方にあるかれるから好きだ。昔は朝にしかあわん相手だったが、ダンボールはこんでいる朝のおっさんは、夕方には、見た目上品で口だけ過激に悪いちょいわるおやじに変身してるのが、常だ。常用というのも変な言い方だけれども、きまったルートのようなものが、そういうおっさん(男性にかぎらないが)にはあって、売り買いの話ではない、やりとりや掛け合いがある。
お互いの安全確認とでもいうか、ここ先斗町はそういう場所として機能するのが、あまりに適切な場所だ。ぼくはそうおもう。
なので、ここからははなれられない。それこそ、売る買うのはなしではないのである。
そうそう、そういう私の好きなちょいわるおやじは、かならず同行される女性の後ろを歩く。1.8mほど後ろを。別にこそこそされているとか、そんなんではなく、今日の彼の1.8mほど前を歩かれていたのは奥様だし、きまりのように、並んで歩かず女性の後ろを歩かれることが多い。理由は知らんが、たぶんこの通りの性質とだいぶ関係する。
追記
上に口が悪いとか書いたが、彼は京都人である。根っからの。お商売ではかれも見た目京都弁をうまいことうまいことおはなしになる。が、上に太字で書いた彼のことばも、京都人の京都弁なのである。それって、大事なことだとおもったので、追記。京都は京都をどうするかなのである。
4月23日から24日へ
自分用にめずらしく一升瓶の日本酒を買い(いつも紙ぱっく)、メシはおれが作ると言い、家を掃除しはじめたりして、
それしかできないから、それをする。
ま、それぐらいが本当にうれしかったりするので、今日は祝日。
さんざんよっぱらいました。
少し、うかれた生活をしていました。反省することも多くありましたが、やっとこさ目標ができました。わたしは不器用な生物なので、自分以外に努力の対象を設定されてしまいますと、それで十分。すべての時間が再組織化されたような感じになり、残り半分がんばらねばならないのだと。
2009年4月23日 (木)
4月23日 夜
パソコンの具合がおかしい。数日まえからあやしい動きをしておるとは認知していたが、どーやら、変だ。
いつ真っ青になるんやろ・・・・と思いながらとりあえず記事にする。
ひたすら店番。
相方はわたしと交代で出用事。なんともあわただしい一日である。が、それもまぁ良い。だいたい今日は4月23日と、数字の並びが良い。
4月23日 やっと夜
死にかけておりましたなんてん君を信頼できる病院へ救援依頼をさせてもらいまして、ようやく店番ポジションへ。
またしても電話。
早速、お仕事。
自治区の自主防災会と界隈巨大事業体との非常災害時における連携依頼に関するもの。基本的に震災を想定した住民の安全確保を目的とする会だけに、ここいらでは昼間人口を発生させる事業体とのきちんとした連携がまずなければならないらしい。言い出したのは僕だが。
今期から自主防災組織の刷新が図られ私のような新参若輩者が仲間入りさせてもらったのではあるが、会長の下、避難方式やら避難地域序列を見直してみると震災時に、この界隈の巨大空間(裏寺の墓地群やら鴨川土手)に非難できるというような旧来のこのあたりの予想では、消防もまかりとおさんというわけだ。
おもしろい地域であるが、だいたいもって住人がたいしておらんのに人だけ24時間どっさり居るわけだから、なにもありませんでは、通らない。
正直に言うと、いまから昼寝がしたい。さっさと済ませよう。
2009年4月22日 (水)
4月22日 夜 通りの様子から
暗くなるのが18時半ぐらいとなり、だんだん夏の京都の時間帯にかわっていくのを感じる。この記事を書いているころはまだあかるい。
しかし外国の人が増えた。増えたなんてものではない、増えすぎだ。
少し前、祇園町さんで舞妓芸妓が外国のカメラマンにおっかけまわされるというので自衛団が警護するような事態におちいっているとニュースで読んだが、先斗町もだんだんとそういう状態になりつつある気がする。
だって、お茶屋さんに鉢あげに入り、出てきたたん熊さんのおにぃさんまでが止まらせられ被写体にされてしまっているのだもの。なんちゅうこっちゃと言わざるをえない(そんななか、通りをちゃりでぶっとばせる某おそば屋さんのにぃさんはつよい)。そんなこともあり、相方も着物で店番の日はよほど選んでからという按配。
外国の人からすれば、風情とかよりも、まさしくテーマパークであるだろう。
たしかに、外国の人から見て、日本のイメージに合致するものは花街とお寺にしか、もはやないんかもしれん。
4月22日 おこしやす
ここいらでは日常のなかで、なんぼでも聞こえてくるのだが、
やはり、「おこしやす」
・・・・・・・・・は必殺言葉だ。そうおもう。
だって、現代標準語には、「おこしやす」に返すことばがないんだもの。みなさん、おこしやすって言われたら、どーします。
「ただいま」・「おかえり」
「いらっしゃいませ」・「こんにちは」
「ありがとうございます」・「どういたしまして」
「まいど」・「おーきに」
と、大概の挨拶言葉には、前提として返し言葉がある。
ところがどうだ「おこしやす」って言われても、とっさに返す言葉が出てくる人はどんだけ居はるだろう。なれていれば、「おこしやす」なんか無視できて、次にはこちらの要望を言わねばならないってことを経験的に知っているから、それこそ、どーでもぇえように「おこしやす」を聞けるものの、日用で「おこしやす」を使っておられない方には、京都らしいかもしらんが、かなり迷惑な言葉でもあるはず。
ただそれだけ。
それから・・・・そういう意味ではもっと強烈な必殺言葉は、、、
4月22日 昼
最近、ここ数日、パソコンの具合がよくない。記事が2連続で反映されたりとかはまだよいのだが、キーボードで売っても、宇宙語みたいなのがでたり、そろそろあやしい。
どーぃうこっちゃ。
ネット中毒であるはずのわたしのような生き物には深刻だ。がんばれパソコン。
町家暮らし と 自信
自信をもってをもってやるなんでことはやるなんでことはなかなかなかなか出来ない。まして町家暮らしというのは、普通の現代一般からからすれば、とても様子のことなったものだから。
えらそうな顔をしてをこうやっているようなブログではあるけれど、
町家暮らしというのは
自信をもって、まず、何事も知り、学ばせてもらうためやっていると言う他ない。
生きていくことを経験するには、ほんとうによい手段をもたせてもらった。
とか、酔って酔って書いてみました。
2009年4月21日 (火)
4月21日 まとめ
なんとも不明確な気分の今日。
外から聞こえる音は木曜日の先斗町のような。GWまでのさっぱり期間というよりは、なんだろう、、、、、、とにかく、ぱっとしなかった。
なんだか、最近そういう日がふえたなぁ~。いまから話の面白い常連のお客様でもあればよいのだが・・・・・・
ということで、私、店番離脱でございます。
みなさま、今日もおつかれさまでした。明日はよいお天気になるとよいですね。では、ひさびさお料理当番に。
4月21日 夜 ここでの任務
夜に雨があがったので、昨晩ご依頼を受けていた元お茶屋さんの玄関灯の蛍光灯チェンジ作業。実は昼間に蛍光灯の付け替えをしていたのに、復活せず、夜に点灯用の玉かえをやったら成功。一安心。
折角なので、玄関灯の周辺部分の大掃除もさせてもらった。やっぱり先斗町にはこれだけの看板が一番似合う。
ただ、たいがいの場合、先斗町のおかぁはんは背丈的にこの高さの電球をかえることは困難なのである。花街には花街の灯りの程というのがあって、花街には花街にしかない高さ基準というのがある。
きれいにさせてもらえてまた勉強させてもらった。何十年前の玄関灯シェードかは、おかぁはんも不明らしいのだが、繊細ながらすごく高級かつ上品な電気シェードでございました。今時、こんな細工できる電気屋さんおられるんだろうか、、、などとも。
2009年4月20日 (月)
4月20日 夜
「かわいい」ということについて。
これはわたしにはさっぱりわからん。自分にはかわいいものに対する感覚がないのかとおもってしまう。
たまたまうさぎがお隣の奥様からすっごい上等さんの傘を頂戴したわけであり、お礼を言いに行ったうさぎと奥様のお話をよこできかせてもらいながら、世代は母娘以上に違う女性お二人の「かわいい」で一致する意見を聞いていたのだ。それならまだよいか、たまに50以上も上のおかぁさまと「かわいい」で話をしている相方を目撃したりもする。そのときなど、私はどーしてぇえのかさっぱりわからなくなる。
たしかにすばらしく丈夫で繊細で、うさぎのすきなパリの絵柄で色もピンク、いままでに行ったことがあったり、まだ行ったことがなかったりする憧れのパリが描いてあり、名前も通った、素敵な傘なのであるが、わたしには「わたしたちにはもったいないほどの上品な素敵な立派なものをいただいたね」という見解になるが、女性陣では、まったく見解がちがうのだ。
ただ、「これはかわいい」ということでまるくおさまっている。
よーわからん。
で、話は変わるが、うちは「かわいい&使いよい」がモットーの雑貨屋であると唯一の社員さんに聞かされたことがある。
でだ、わしには、その「かわいい」がわからんぞ。
逆に、だから、僕は販売員としてむいているのか・・・・
わからないままにしておこう。
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うさぎに素敵なプレゼント、本当にありがとうございました。とてもよろこんでおります。また今後ともよろしくお付き合いくださいますよう、心よりお願い申し上げます。
4月20日 夜
こんなニュースがあった。
まだまだいけそうだ。産卵のために富山湾に来るとかいてあったが、なんでちゃんと場所がわかるんかいな。
そんな観光船にのったら、僕はおかしくなってしまうだろうなぁと。
兎にも角にも、今年豊漁であれば、来年がやばい。これはいつもの決まりだから、来年の分までたべておかねばならない。
2009年4月19日 (日)
4月19日 考えていたこと
ふつうに夜になっていく。うさぎはおねえちゃん業がいそがしいようであるが、わたしはかわらず店番である。
いろいろ考えていたが、わたしはこの家だけをちゃんとまもれるようにだけ努力することがまず大切なのだと。
先斗町という通りで界隈はひとまとめにされるけれど、それはいろいろなお屋形やお商売のかたまりだから、結局は、わたしがいらんことを言うのがいけない。まずは、自分にあてがわれた物体としての家とそこがもっている空気を大切にすることなのだ。界隈のだれもがそれをするなかで、界隈の様子が形成される。その段階で、さまざま議論はおこるだろうが、まずは、自分。
ここは、住んでおられる方やお商売をされている方の何十倍・何百倍もの人の出入りがある。それだけ人からいろいろ言われる。ほめられることもあるし、わるくいわれることもある。ほめられればよいような気になるが、それは、わるくいわれるのとも同義だ。いろいろ言われるに決まっている場所だから仕方がない。でも、まずは自分が他人のことを悪く思わない、悪く言わないということからはじめなければどーにもならない。「こんだけこのブログで悪態をついておいてよーいうわ!!」ってところかもしれないが、自分ではただ住みたいとおもっただけの私のような弱小者にまで散々わるくいわれている中だけに、外を悪く見るのはだめだ、少しでもよいように見ていようと考えている。これだけ有名な場所であるから、ごちゃごちゃしたいがみ合いのような格好は決してせずに、自分が何を感じ、何を考え、自分に何をするのか。
責任とか義務とかそういう難しいはなしではなくて、自分にできることをしようと内側を見つめなおすことはやはり大切だ。ちょうどわたしのような世代の経営者は外へ出て、外から学ぶことが重要な時期のような気もするし、そのように教えてくださることも多い。でも、まだわたしは外から教えてもらえるには未熟すぎる。自分自身の反省のなかから進んでいくことを優先させるべきだ。
なぜだか今日はそういう内面的反省ばかりが朝から続いている。
おろかな自分主義宣言のようでもあるが、まずはあるものを大切にすることからはじめなければいかん。他人は他人、自分は自分。あったりまえだけれど、誤解してはこれほどここで生きる上で失礼なことはない。
4月18日から19日へ
いろいろ勉強になることがおおい。
先斗町はそーいう場所であるからなによりわたしにはうれしい。
だいたい生き物としてなっとらんから、勉強になる部分がおおいのだから、そーいう面では、自分の不出来というものを、それはそれで大事にすることもありかもしれない。
なにより、わたしのような出不精の動物にとっては、出てこられる方すべてがまなばせてもらう対象になる。
まず、ここがそうさせてくれる。
2009年4月18日 (土)
4月18日 うれしいニュース
実は、ほとんど食らったこともないのに、トリュフが大好きならっこであります。
そんなわたしには、うれしいニュースがありました。
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「マツやコナラなどの林があれば、日本ではどの地域でもトリュフが見つかる可能性がある」
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だと。
そんな雑木林、日本中どこでもあるやんけぇ~。
子豚を飼おうかな。
がんばれ黒!(白はたべたことないんでわかりまへぇ~ん)。
4月18日 まずなにをすべきか
あったりまえのことだが、
生きるためには、まず、自分がどうしたいのかということに正直にならなければならない。
環境だとか、自分をとりまく情勢の変化にばかりうだうだいっていてはいけないのだ。もちろん自分を存在させる状況には即応し敏感になってはいなければいけないのだが、なにより、大事なことは、自分がどうしたいかである。
それがはっきりしなければ、なにをしたってまず自分という他人に魅力的に見えない。
4月18日へ
障子は開け具合で見える景色が変わる。何センチぐらいでかわっていくのかわからんのだが、めずらしく中途半端な位置で開いていた障子からはちがった向こうが見えるのである。
建築は大地に杭をさすことだとおもっていたのは西洋建築に脳みそをおいていたころで、その当時、後輩だった生真面目な奴が、建築とはってくだらん呑みねたに、「仕切りのこと」だと言った。こちらもまけておれないから、どつきあいのけんかになりそうだったのをおもいだす。かれは日本建築の世界に脳みそをおいてたのだが、まさしくそうで、実は、彼のその答えには、当時から「まいった」とはおもっていた。
空気は遮断されかたで、繋がりの系列を分割する。
かれの見解のほうが妥当である。
2009年4月17日 (金)
何をまもりたいんだろう?
ふとおもった。
「なにをまもりたいのだろう?」という問いをもっておくことは大事かもしれない。
私は大阪で生まれ、大阪の気風と理不尽な親のやり方のなかで凝り固まった人間として生きてきた気がするが、かんがえようとすることだけは、まだやめないでいるからたすかる。
毎夜毎夜、出した生ごみを物色し、すること動くことすべてに裏で陰口を言われ、存在してここに居ること自体をねっこから否定したような表情をとるような実際があり、そうとうに憤慨したりもするんだけれど、
はたして、一体、何をまもりたいのであろうか?そこまで私を悪者にしなければならないだけの何をまもるために、ここの50年近くは経験豊かな乙女たちは、そうするのだろうか?
いままでは「京都の花街という日本の風情を残すには・・・・・」と考えてきたが、そうじゃなくって、めちゃくちゃな表情をとられる側となって、では、「あなたはなにをしたいのですか?」という視点をもって京都、そぉ、「いけずな京都」を見てみるということもあってよいのかもしれない。
いままではさまざまな理解の気持ちや、こちらの未熟から、まなばせてもらおうと懸命であったが、
で、
結局、何をまもりたいんだ?ここのひとは?
2009年4月16日 (木)
4月16日 本日の制作
本日のめいんえべんと無事終了。先日までの格子やらふぁさーど部分をくっつける土台となる町家本体の土台を固定する中心部分の井型というか口型。
この■にさまざまな基礎やら柱やらをくみ上げていく。その際に水平と垂直がぴしっとでていないと端っこではいがみまくることになる。
が、模型に限らず建築を実践するにあたっては、木造の場合、いかむことが前提と考えてやらないといけない。それぞれでは水平垂直をきちんとだしてやるが、それでもいがむ。
なぜなら!
木だから。
というわけで、口型を固定しないけれども強靭で、かつ、ゆがみにあわせられるようなこういうシステムをとった。これで逆コの字型と棒をくみあわせてある。
これで若干のゆがみを是正するように中心をつくったわけだ。
天才だ。
4月16日 昼
寝坊して開店したわけだが、、、
「そろそろお提灯をつけてもらえるころやなぁ」と話していたのが昨晩のこと。
朝、玄関を開けてみると、お茶屋さんの白いちょうちんだけが赤いをどりの提灯にかわり、うちのような住人のところにも、食べ物屋さんのところにも、それはかけられていなかった。
きわめて残念。かつ不愉快。
「よそもんにはつけたらへん」とはやく伝えてくださったらよいのに。なんのために、提灯用の電源やらスイッチを丁寧に残しておいたのだ。
通りにおいて花街以外の存在がいかに通りや界隈に不適切で無礼な存在であるとおもわれているのかは十分理解はできる。だが、そのやり方はをどりで一本通りの様子がまとまってみえるという利点を捨ててしまうようなやり方のような気がする。これでは、通りにいろんな提灯があるだけという「ばらばら感」だけが目立ってしまう。
2009年4月15日 (水)
4月15日 まとめ
4月15日 そろそろまとめ なんのへんてつもないふつうの水曜日でした。
さして書きたいことがあるわけではないが、先ほど買い物で四条大橋を渡ると、床の工事が始まっていた。
夜に「ちょいと寒いから上着をきていこー」と出てすぐだったので、なんとも季節の進むことの早いこと、、、と毎年ではあるが驚かされてしまう。
日々書いていることだけれど、京都は桜が咲く2週間ほど前から事始めまで、季節の先取りの繰り返しで一年のながい最盛期を過ごす。考えてみれば、うちの商いでも、明日はかぶと飾りの発送。そうもすれば床、鴨川をどり、床、祇園祭、、、次々に京都は継続され、今の段階から紅葉のころのことを想定しなければいけない。
そんなめぐるめぐる京都の日常のなか、毎日の季節を感じるようにすることは、たぶんとても重要だ。
明日は、花屋へ行こう。そして、毎日ちゃんと通りに出てその日の空気を吸うようにしよう。季節の先取りを上品に、あったりまえのようにやってのけることは京都商売では基本中の基本であるけれど、それよりも大事にしなければならないのは、毎日の京都のことだ。それが出来ていないのに、季節のことばかりに心を奪われていたら、見えるはずの京都のよさに気がつかなくなってしまう。
4月15日 夜へ
4月15日 夜へ
お客様があったり、模型の骨組みがややこしかったりしていると、写真を撮るのすらわすれて、しらない間に夜に。
さて、また今日もやったら外国の方が目立つ先斗町通りであるが、がんばっていこう。
2009年4月14日 (火)
4月14日 まとめ
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4月14日 まとめ 今日はなんとも釈然としない一日だった。朝から今までである。天気のせいか・・とか考えてみたりもしたが、どーやらそぅでもなさそうだ。ま、そんな日もあるということで、気を取り直して「まとめ」記事。
明日で4月も半分である。夏がちかいことだし、がんばっていくしかない。通りに関しては、今日は最悪。目も当てられないって様子だった。最近はそういう日が増えた。残念である。
みなさま、今日もこのようなブログにお付き合いくださりありがとうございました。また明日もよろしくお願いします。
少しほったらかしにせざるをえなかった「24」でも見ながらゆっくりご飯とすることにします。
2009年4月13日 (月)
4月13日 東京カンパネラ
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またしても頂き物で生きているようなわれら2匹。今宵の店番おやつに「東京カンパネラ」ってなおいしいものを頂いてしまいました。
おいしかったです。はじめてよばれました。が、「カンパネラ」ってことばの意味がいまいちわかりません。どういういみなんだろぉ~とか思いながらいただきました。
さぁって、まじめに店番に励みましょう。
4月13日 夜の店番しながら
ブログというのはやはり日記であって、たまに一年前はなにしていたかな・・とバックナンバーを見る。
ちょうど一年前にこんな絵を描いていた。同じころに町家模型制作に脳みそを動かし始めていたのだとわかる。昨年もがんばったつもりだったけれど、こういう断面の表現まではできなかった。ことしこそこういう京都の家並みと軒下の生きる空間性を表現したいとおもうのであるが。
今までは軒下のパーツから作り始めていた。それが思考の中心であったからだ。もちろん今もそうなのではあるが、それをなせる断面の骨格は屋形のど真ん中にある「室」を作り出す骨格なのだから、そこから(実は、そこにはなにもないのであるが)、作り始めるのが適当かもしれない。
絶対に二度と来たくないだろう・・・
今日もこんな会話が格子の向こうから聞こえてきたりする。
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ご主人:「よかった、こんなとこ住んのぉて。こんなとこすんどったら、まずいもんになんぼ金はらわなあかんかわからんわ!」
奥様:「ほんまやねぇ。ま、次からこんよーにしよーや」
ご主人:「ぜったいくるか!」
奥様:「そーおこりなや」
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夕方まえに店に入り、店の中にこもって、配達される冷凍業務用食材をてきとーに調理し、金勘定だけを大切にして、通りで話される通りや界隈への実際の評価を聞かないたべもの屋さんには、いまの不景気が自分たちの責任であるとは気がつかれないだろう。先斗町にもむかしからのよい風情というのはちゃんとあるんだけれど、目だって存在するお店でおすすめできるようなお店は一軒もない。
なんだか、そうやって怒鳴りながら通りを歩かれるご夫婦の気持ちが痛いほどよくわかる。おなじおもいで、私たちもこの通りで外食することはいっさいやめた。
せっかくのお休みに、がんばって働いた分で、夫婦でごはんの計画だっただろうに。
なぜこの通りのたべもの屋さんは、通りを歩いている人を見ないで商いをするのだろう。
大体もって、先斗町通は花街であって、飲食街ではないのだ。おいしい食べ物屋さんは、たぶんこの通りにない。ほんとにおいしいのはどちらかと言えば木屋町にある。だが、木屋町はキャバクラ街。
これからどうなっていくのだろう。
木屋町のキャバクラも先斗町のたべもの屋も、おんなじような存在だな。
なんでいじめられるの?
この屋形はだいすきだが、なんで50歳近くは上のひとにいじめられなければならないんだろう。なにか存在そのものがいけなかったのだろうか?
なにか迷惑をかけたか?どぉきにさわらなかった?なんでにらむ?なんで挨拶もしてもらえない?なんで、すべてをイヤミにとって、まわりへわるくいう?
で、ぼくのなにをしっているのだ?
そうやっていやがらせをする人たちは。
ほんでもって、なにをまもりたいんだ?
京都の花街ってふしぎなところだぁ。
そうとしか言えない。
きにせずやろう。
悪いが、先10年と先50年じゃ、同じ方法では、窒息死する。
2009年4月12日 (日)
4月12日 開店
今日は4月12日。桜の盛り上がり週末の最終日である。
木屋町の桜は、だいぶ散って緑色にはなっているが、とってもよいお天気なので、ぶらぶら京都散策にはもってこいかもしれません。
ってことで、通りは朝からえらい人。
今日も店番がんばっていきましょぉ~。
2009年4月11日 (土)
京都でしか買えないもの
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・京
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・都・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「京都でしか買えないんですか?」
「京都でしか売ってないですか?」
という問いがある。京都商売はどのお商売もその問いにどきどきされているに違いない!と思っていた。
でも、ちょいと考えが変わった。どんな瞬間に変わったのかは自認できていないけれど、、、今日、先ほどである。
京都でしか買えないものは、京都での時間というものだ。京都の時間というのかな。
それは、はんなりしていたり、辛辣であったり、みやびであったり、いけずであったり、上品であったり、歴史を感じさせてくれたり、いろいろする京都の時間経験というところか。それは、物体を介した人と人や場所と自分といった、見えないものの関わりそのものである。
うちの商品もどこでも買える。機内からメールで注文を頂けば、海外にだってお送りすることが可能な世の中だ。
そんな中、商品と同列に大事にしておかなければならないのは、まず自分たちが京都時間のなかで商いをさせてもらっているということだ。あったりまえにやっているつもりだから、気がつかないけれど、ここでしかない時間を生きていることには変わりないのだから、それをちゃんと自覚して、有効に表現しながらやっていくべきなのだろう。
ふと、そんなことを。
4月11日 夜の店番
本日はデニムのつなぎ。今年初めて。せっかく春だからと、数少ない持っているつなぎから色物を選んだが、あかん。いつもの紺系のほうがよかったが、いまから着なおすというと喧嘩になりそうだったので今日はこれで我慢。
ひさしぶりに着たら、相方は「あしみじかぁ!!けらけらけら~」っと笑いまくってやがる。
むかつく。
ほっとけ。らっこは足みじかいもんや。
さらに一言、いいやがる。
「あんた、そんな格好でうろうろしなや。自○会の人とかにみられたら、どんなことになってもしらんで!」だとさ。
あーそーでしたそーでした。今年は時代祭りでしたね。
いろいろな方に着物のことをおしえてもらって、きるようになったのですが、わたくしの着物の目標は、時代劇に出てくる大店の番頭さんの着物の雰囲気。ちょっとしたときだけ上に羽織って勢い。洋服の際と目標はおなじです。なんとも作業着的な感じを目指しています。が、まだまだ。今年も番頭化を目指してがんばりましょう。ちなみに、うさぎは2時間ドラマに着物で出てくる東ちづるさんなんだとか。なんじゃそれ。
2009年4月10日 (金)
2009年4月 9日 (木)
4月9日 夜の店番しながら
激烈に冷えたシャンパンであるとか、
凍ったグラスの生ビールであるとか、
グリーンティーとか、
凍る寸前までひやしたボルドーの赤とか、
常温の炭酸水とか、
試飲の冷えた日本酒をラッパのみしたくなるとか、
要するに、そんなもんを
がぶ飲みしたくなる
・・・・・・・・・・・・・・・ってことは春だ。
そして、今日も蛍烏賊を買ってきた。昨日食べていなかったからそろそろ危険。
わたしは、きっと
(以下、はずかしい暴露記事なので・・・・)
4月9日 夜
今日は少し不思議な日だ。
「わたしぃ~、取っ手のあるお茶碗でしかごはんたべなぃんだよねぇ~ありますぅ~??」
はじめて受けた質問だった。とりあえず、「ありません」とお答えしたら、「そーなんだぁ~」と出て行かれたが、、、
そんなん、あるんだろうか??????あったとして、どうやってたべるんだろうか?それは、、、、ティーカップのようなもんなのだろうか?
器は人によって理解や使用方法が違うから、店番していると日々いろいろなことがあるが、はて、そんなお茶碗あるんだろうか????
勉強になったような、あたまに?のカラスを飛ばされたような・・・・
ま、そんな4月9日です。
2009年4月 8日 (水)
街 と 人
・・・・・・・・街・・・・・・と・・・・・・人
「街 と 人」の間は、「ゆとり」というものがつないでいるのかもしれない。
よく読ませてもらっているブログに、そぅ考えはじめさせる書き方をされていた。街をよいように感じるには、街がよろしいだけではだめだし、人が過剰な感受性をもって街に接しようとしてもだめだ。
先ほどの記事からの継続のような書き出しではあるが、街と人の間には、何か物体ではない別なものがあって、それは「ゆとり」ということばで代用的に表現できるのかもしれない。
人のこころにゆとりがなければ、人は街になじめないし、街にゆとりがなければ、街は人に馴染まれない。
では、「ゆとり」とはなんなのか。
時間?歴史?先進性?機能?便利さ?建物?人?言葉?空間?
理想が咲かせる花のようなもんかいな。
ただ、理想は変化する。理想にも種類がある。
それぞれの街・それぞれの人にあった「ゆとり」でなければ、二つを繋げはしない。
『街と人の双方が持っている別個に保有しつつも、共通した理想から咲くかもしれない花=ゆとり』
ってところか。
さて、まずもってゆとりのないらっこですが、とりあえず今から一之舟入あたりに花見に行ってきます。
今日が(満月は9日なのですが)、月と桜が一番よいとおもうのですよ。さて、どーでしょぅか。
4月8日 なんかのクイズ番組であったような・・・・
最近はKg制限がややこしくなっている。
昔、フランスから書籍満載のトランク(48Kgだった)を追加料金なしでもってかえってこれたのに、いくらお金をはらったとしても、32kg×3こという決まりがあって、それ以上はお受けできませんだとさ。
ほんでもって、お知り合いの大将とがんばってみた。
42kgと30kgを再分割して成田まで届けるということ。
さらに、ご愛用の黒猫は「25kg以上はだめだにゃ~」とか今更わけのわからんことを言いよったものだがから大変だ。こういうときに猫は信用ならん。
結局、京都力を信じるしかない!
ということで佐川君へ。
なんとか分割までは終了。あとは受け取りを断られなければ本日の重大任務終了となる。
準備はできたぞ、はやくこい、佐川くん!
2009年4月 7日 (火)
4月7日 まとめ
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4月7日 そろそろ終了。
盛り上がりそうで、結局盛り上がりのなかった今日といったところ。10時半には通りを囲まれる食べ物屋さんも暗くなり、なんだか場末の空気感が漂っております。
暗くなった通りを前に格子をはさんで写真を一枚。
皆様きょうもおつかれさまでした。今日もしょーもないことばかり書いているブログにお付き合いくださりありがとうございました。明後日が満月ということで、はてはて桜の山場となるのでしょうか。
記事を書きすぎたのでしょうか、なんだか疲れております。まさしく自業自得。
4月7日 昼 京都らしさ
高瀬川に桜のはなびらが流れ始めている。
水が町にあると空気がきれいに感じられる。
京都は水の都だったのに、いまでは雑居ビルのゴキブリほいほいみたいになっている。この高瀬川の水面も見上げればキャバクラの雑居ビルに囲まれている。一体どっちに本当の京都があるんだろう・・・などと思いながら昼の店番。
この桜から紅葉がなくなる事始めまで京都は9ヶ月間稼動する。
どんな京都を生きるかは自分次第だ。現代の地方都市としての京都に生きるのも、「そうだ京都にいこう」にイメージされるような京都に生きるのも、まずは自分が京都のさまざまな要素を知って、選択しながらやっていかなければ、与えてもらった京都時間が楽しませてくれる良さや価値をお座成りにしてしまう。
4月7日 基本プラン
だいたいこんないい加減なかきものからいつもはじめます。
・・・・・・・・・・京都・町家・格子・路地・鴨川
・・祇園祭・・・・京生活・川床・夏祭・京料理
・・・少し前の京都(オールウェイズぐらいかな、要するに貧しかったけれど、楽しかった日本の時代)
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こういうものが実はすごく少ないものになっているのが現実。が、京都へおこしになる方は上述のものを感じたくて来られることが多い。わたしも生きていたのはそのような光景の京都。
実際には、ほとんどない。それを小さな模型の中に再現することが目的。人間にかわってうさぎがその模型のなかを動き動性をもったものにする。
なにをしたいのかというと、京風情(ミヤコフゼイ)の小さな実現、いや、再現。
具体的には格子高さ16cmが基準。1間を16cm~18cmに圧縮するから1/10模型である。
さぁって、海狸工務店始動。
2009年4月 6日 (月)
4月6日 まとめ的に そろそろ
どーやら、そろそろやりはじめようかなと思い始めています。
7月と8月のうさぎ屋のディスプレーの大道具係。
ことしは壮大なことを考えているのですが、考えてしまったことが壮大すぎて、自分でも手をつけるのを嫌がっていたのですが、なんだかやりはじめてもよいような気分になってきましたので、ブログの記事にて“決意表明”。
それでは作業開始します。
今年は鴨川から木屋町までの町家断面模型の計画です。
・・・・・・・・・・・・・・・・さあって、できるんかいな。ま、やります。
4月6日 夜の店番しもって
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4月6日 我が家の山ぼたん桜。満開であります。
毎日撮っていますが飽きません。桜というのはなんともきもちのよい花。汚くならず散ってどこにいったかわからなくなる。
ほんでまた来年同じように咲く。桜以外でもおなじようにやってはるわけだけれど、桜はとりわけ散り際がNICE。うちのもそろそろ散り始め。
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ちなみに本日の先斗町は、さっぱり。暇な店番ライフです。ただ、とおりから聞こえてくる日本語が汚い。現代の日本のお勤め社会は、なんで聞き苦しい言葉やイントネーションを常用するようになったのでしょうか。不思議。人の言葉の様子だけで、界隈の見た目がこんなにもかわるんだなぁ~などと思いながらあと1時間。
4月6日へ 刷新
刷新。
ふと、こんなことが気にかかった4月6日への時間。
リノヴェーションとかいうのかしらないが、状態を維持しつつ、展開の過程を経させて、状態の転換をなすことってところか。
京都は上塗りの文化論のようなものであるが、それは、よい言い方では「刷新」にあたる。
あたらしく刷るとはうまくいったものだが、刷られるものは昔の言語でなければ通じない。
そこにトリックがある。たぶん、それが京都だ。
2009年4月 5日 (日)
4月5日 まとめ
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4月5日 まとめ
ようやく閉店直前に。なんだかとってもながい一日でした。これで店が忙しすぎたら勢いで平気だったのかもしれませんが、日曜の夜にかわりはなく、まったりした感じで後半戦をやっていたので、2匹、なんともぐったり。早起きが効いてきて、うさぎどんも目がとろ~りといったところ。
さて、兎にも角にも、桜まつりもおわり春ムードがよい感じになってきました。
まだまだ桜はきれいです。みなさん、ぜひ桜京都へ!とか観光案内みたいなことを書いて終了です。あわせて、この桜にあわせてお立ち寄りくださったお客様、ありがとうございました。
4月5日 夜
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衝立にしている板戸に桜のはなびら。満開の我が家のぼたんから落ちたのだ。とうとう、なんだか寂しい気持ちの到来でもある。
毎年桜が咲くというのは、私が日本に生まれてうれしいと感じるひとつのこと。また来年もさくらを楽しめるように生きていかなければならないのだと考えてみたり。
そう、このブログのこと(なぜか書き出しました)。
これはわたしの暇つぶし。毎年の繰り返しを書いているものでもある。どの季節も花があり、食べ物があり、お商売があり、お客様があり、教えてもらうことがあり、考えることもあり、同じことを繰り返しているようだけれども、毎年ちがう。それを記録している。存在アピールのエゴのようなもんでもある。同時に町家暮らしだけでなく、自分の人生というものに対して、どこまで同じことを繰り返せるか、同じ中になにを見出せるかという自分への課題にもなる。うまいこと町家に関して書いたことを纏められたらと身の丈をわきまえない妄想も含んでいたりするが、最終的には遺言。次の自分の誕生日を公開日に設定して、毎日、なにかあったら書き加えていくようにしている。誕生日に公開する必要がなければ、“一年できた”ということになっている。
桜がそろそろ散り始め、また青々とした香りがして、くそあっつい京都の夏がたのんでもいないのにやってくる。わたしにとっては、こうやってなんでも書ける場所をあたえてもらえたことが、人生を何倍も面白くしてくれた。
4月5日 桜まつり
本日は桜まつり。高瀬川の桜を横に、立誠小学校跡で開催されています。そう、われらが立誠。そして私の町内の目の前。いかんわけにはいかない状況ですが、さらっとすまそうと思っていたあほらっこ1匹。
昼前に挨拶に、、、顔出し。完了。
はい、任務、仰せつかりました。
ゲームコーナー係。
いま相方が顔出し中。帰宅後参戦します。カメラはうさぎが持っていっているので、写真はあとで。
苦手な係りや。おれみて、子供がこわがらへんかな。
以下、写真アップしました。
わたしがお手伝いさせていただいた委員会のコーナーはこれ。
こんなんあったんや・・・・・
2009年4月 4日 (土)
4月4日 30歳前後のこと
町家暮らしを含めて30歳前後で独立した類の中で、わたしの生きている様子が成功しているのか成功していないのかはわからないけれど、最近、年の上下関係なく、知り合い・知人・お客様で、独立を前提とした先の話を聞かせていただくことが増えた。
同時に、「ふとりましたね」とか言われるから、あちゃぁ~であるが、それはまぁいいとして、30歳前後というのは、この世界のシステムのなかでかなり引っかかり(引き金)となる大事なときなのだとわかる。
一昔前では、卒業して会社に就職したらそれで先は安泰ということだったわけだが、バブルが崩壊してから、学生になり、大人になった男は、会社に勤めることができただけでは、先を確約されたと思っていないのだろう。
わたしもそうだ。
が、同時に独立してから思ったことだが、ひとり立ちしても安心は手元にはないってこともわかったことだ。
そんなことだから、結婚してしばらくしてからとか、結婚を前にとか、今から30年を保証してくれるものは、自分で確立しなければならないと考えるオスが急増しているのだと思う。私は元来、宮仕えができる生物ではないから比較できないけれど、うさぎ屋で独立する際にも、同様のことを考えでいた。
さて、30前後で独立を考えているオス諸君、わたしの意見は参考になるかどうかアヤシイですが、言いたいことはあったりします。
それは
・・・・やるとたのしいぞ。
ってことです。たぶん僕は「楽しい」か「楽しくないか」だけでしか自分のことを考えていないような気もします。そってよくないな。
今日も大切な友人のような後輩の夫婦がきてくれて、そういう話でした。お互いほっといても頑張ってしまう生き物なので、お互い楽しく生きていきましょう。
4月4日 夜
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雨の日の店番はひまであるからと、いろいろごちゃごちゃ置いて汚くなっていた階段を掃除する。でも、階段が古いのであまりきれいになった気がしない。とりあえずやった証拠程度に、わけのわからん名前の草(かなりこいつ長生き)を置いておく。自分のブログでいつうちにやってきたのかを見てみてびっくり。1ヶ月以上居る。
2009年4月 3日 (金)
2009年4月 2日 (木)
4月2日 夜に店番
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4月2日 夜 やっとゆっくりした時間がやってきました。
こーやって、店番しながら桜撮ってたりする時間がすきなんじゃけれども、、、先ほど、防なんとか委員会のなんとか係をおおせつかることになりそうだし、私の所在がつかまらんとあかんこともあるかということで、機械の要るテレパシー装置販売店をのぞいてきましたが、やっぱり、わたしにはあわない様なのでやめました。動物的テレパシーだけでやりきろうと、とりあえず思ってまぁ~す。一日24時間のうち23時間はたいてい家におるので、、、、、なにかあれば、テレパシーか店にお電話を。疲れていると圏外になったりしますが。
4月2日 も・・・・・・ばっかり
いろんなお客様であたまのなかがごっちゃりしているが、そのお客様らっしゅの中、届けてもらった紙。また一枚増えた。これを読破して協賛金をせっせこお願いしに行けという指令書である。
もーファイル買わなあかんがな。
で、先日判明した10月22日の“コスプレイベント”参加に関してであるが、カミシモ(裃)までは決定したようだ。「帯ぐらい自分でまけるようになっててよかったわ」と、ぼそっと言うと、横でうさぎが、日に日にえらくなっていくなぁ~キャッキャッキャッキャァ~写真撮りにいってやるからなぁ~と笑っている。私的には笑い事ではない。加えてひとつ(防災関係)お受けしたら、いろんなひとが、「○○委員会の役員さんも・・・」「△△協議会も・・・・」「○○神事会のも・・・」と、「も」ばっかり連発しに来はる。ほんでもってなんだ、「防災」と「防推」はちがったのか!そんな単純なことを今日しったばかりの男だぞ。ぜったい役に立たない。私は自分のことをよくわかっている。私はだめだ。
みなさん、私は頼りになりません。と叫びたい。
私は店番で忙しいのだ。ブログのねたには不自由しないが、ブログのねたにしてよいようなたのしい話ではない。
ほんでもってなんだ、桜まつりに先立って、木屋町交番の開店祝賀行列&OPENセレモニーだと!
「なんじからですか?」と聞くと
「朝の10時からです」だと。
絶対行かない。行ったら僕が捕まるにきまってる。
なんでうちの町内に交番て、、、、隣の町内でもぇえやろに。
4月2日 「らしさ努力」
昨晩の印象から、今日記事にしようと思っていたこと。
ちょうどコメントにお返ししつつ、書き出してしまったので、そのまま記事に転用させていただきました。
「らしさ努力」というやり方について。
4月2日 開店
遅寝早起きのまま生きている私。
本日も遅刻することなく開店。おかしい。
ついでに、朝から、今までなら出席権のないはずの会議への出席要請が入った。えらいことになってきた。そろそろ電気屋さんにいかなあかん様子。
2009年4月 1日 (水)
4月1日 まとめ
なかばうなされかかっている自分が1匹。
先ほどは悪いものをみてしまった。ほんで最後の店番しながら我が家を見ると、まだまだどーしなあかん、こーしなあかんというところが見えてきて、、、、
目ばかり肥えて、財布がやせるだけなのはわかっているが、この衝動が抑えられないというのが、京都の魅力なんだよなぁ~。あーぇえもんみてもたぁ~。
こまった。
なんで京都には、ほんまにぇえと感じてわかるものがあるのだ。ある意味迷惑な話だ。京都商売でめし食ってるものが京都商売にいてまわれるなんで不細工なことだが、、、、ほんとの京都はええところがかなりある(全部ではないが)。
ってなことが、本日のまとめになりそうです。
配達を受けたわたしがあほやったんか、神様がもっと勉強せぇといってくださったのか、、、、、
明日はそーじしよ。
あー、俵屋さんに住みたい。
・・↑
言うてもた。
ゆうてもた以上、それを目指してがんばりますか。
4月1日 起床・開店
4月になりました。今月もよろしくおねがいします。
で、朝方まで「24」みていたはずが、9時にはパッチリ目がさめて、、、、、
なんじゃそれって自分に言いながら銀行用事なんぞを軽く済ませて、早すぎますが店あけておきました。





















































































































































































































































